金 : 銀

If speech is silvern, then silence is golden.
以下の説明では、同一価格での金と銀の重さの比を金銀比価としています。
例えば1000円で、金なら1g、銀なら10g購入できるとすると、金銀比価は1:10と表します。

● ヨーロッパ 古代~近世
世紀 金 : 銀
-30エジプト1 : 0.4
-22エジプト第7王朝1 : 1.67
-18ハムラビ王1 : 9
-14エジプト第18王朝
(ツタンカーメンのころ)
1 : 2
-14ヒッタイト
(鉄:金:銀=1:5:40)
1 : 8
-8~7アッシリア1 : 10
-6リディア、アケメネス朝ペルシャ1 : 13.3
-6メソポタミア1 : 12
-5ギリシャ1 : 14
-4アレクサンドロス大王1 : 10
-1ローマ(アウグスツス)1 : 12.5
ローマ(ディオクレティアヌス)1 : 8.3
東ローマ1 : 11.6
イスラーム1 : 15
イスラーム1 : 13
10イスラーム1 : 12
13~15西ヨーロッパ1 : 12
16~19西ヨーロッパ1 : 15~16
【 古代エジプト 】
 金と銀が発見された当初、金より銀の方が高価でした。 金は自然金(砂金)とし産出するのに対して、自然銀は圧倒的に少なく、紀元前30世紀の古代エジプトでは、銀は金の2.5倍の価値がありました。 そのため、金に銀メッキをすることすらあったそうです。
(紀元前14世紀のヒッタイトでは、鉄が金の5倍もしたらしい!)
【 アケメネス朝ペルシャ 】
 ヨーロッパで最初にコインを発行したのは小アジアにあったリディアです。 そのリディアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシャでは、
   1ダレイオス金貨(8.4g) = 20シグロイ銀貨(5.6g)
の貨幣制度を整えました。 本格的な金・銀両本位制度です。 金:銀=1:13.3 に相当し、この当時のギリシャ・ペルシャ・エジプト・メソポタミア世界の標準的な価値です。 
【 アウグスツスの貨幣制度 】
 ローマ帝国の初代皇帝のアウグスツスは、紀元前19年、
   1アウレウス金貨(7.8g) = 25デナリウス銀貨(3.9g)
の貨幣制度を定めました。 これは、金:銀=1:12.5 になります。
 アウグスツスの貨幣制度はこの後200年間維持されました。
  
アウレウス金貨
アントニヌス・ピウス帝 紀元2世紀
7.08g 19mm
  
デナリウス銀貨
アウグスツス帝 紀元前1~紀元1世紀
3.7g 18mm
【 イスラーム世界 】
 イスラーム帝国は、建国以来他の国の貨幣を模倣していましたが、695年のアブド・アルマリクの貨幣改革により独自の貨幣を発行するようになりました。 このとき
   1ディナール金貨(4.25g) = 22ディルハム銀貨(2.9g)
としました。 これは、金:銀=1:15になります。 金貨はビサンチン帝国の、銀貨はササン朝ペルシャの体系を見習っています。
     
ディナール金貨
アッバス朝 8~10世紀
3.9g 18mm
  
ディルハム銀貨
アッバス朝 9世紀
2.9g 20mm

【 中世ヨーロッパの銀山開発 】
 12世紀ころから、ヨーロッパの銀山が開発され、ローマ帝国の滅亡以来衰えていた商業が復活しました。 15世紀には、ドイツのフッガー家による大々的な鉱山経営が有名です。
 この当時、ヨーロッパでは、金銀比価は1:12でほぼ安定していました。
【 新大陸から金銀の流入 】
 1520年ころからメキシコの銀山、1530年ころからペルーの銀山が相次いで開発され、さらに「水銀アマルガム法」が開発され、大量の金銀がヨーロッパに流入しました。 貨幣価値が一挙に3分の1に下がり、「価格革命」と呼ばれています。 金銀比価も1:12くらいだったのが、1:15~16になりました。
 1712年、イギリスの造幣局長ニュートンは、
   金1オンス = 銀3ポンド17シリング9ペンス
と定めました。 これは金:銀=1:15.21に相当します。
 1800年前後にフランス革命政府が発行した貨幣は、
   40フラン金貨 12.9039g(品位900)、 5フラン銀貨 25.0g(品位900)
でしたが、これは金:銀=1:15.5に相当します。
   
40フラン金貨
ナポレオン 1811年
12.8g 26.0mm
  
5フラン銀貨
ルイ18世 1824年
24.8g 37.4mm


  ■ アメリカの諸鉱山の発見前は、純金の純銀にたいする価値はヨーロッパのさまざまな造幣局において1対10ないし1対12と定められていた。ところが前世紀(17世紀)の中葉ごろになると、金銀の比価は1対14ないし1対15と定められるようになった。金、銀ともにその真の価値、すなわちそれが購買しうる労働量は低落したが、銀は金にくらべていっそう低落したのである。
  ヨーロッパからインドへ年々多量の銀が運ばれるので、いくつかのイングランド植民地では、金にたいする銀の価値が次第に低落した。カルカッタの造幣局では、ヨーロッパなみに、純金1オンスが純銀15オンスに値するものと考えられている。
  シナではあいかわらず金銀比価は1対10または1対12にとどまっている。 日本では1対8であるといわれている。
  アダム・スミス、大河内一男訳、「国富論」、中公文庫、1978(原書は1776年刊)   


● 中国 古代~近世
 中国では近世に至るまで、貨幣は銅貨が中心で、金貨・銀貨が発行されることは稀でした。 貨幣制度としての金貨・銀貨が存在しないため、金:銀の比価が公的資料に表れることも稀でした。
【 新の王莽 】
 王莽は奇想天外な貨幣制度を作った人として有名ですが、その中に
   金1斤 = 銀80両
という布令があります(紀元10年)。 1斤=16両ですから、金:銀は1:5です。
【 唐~清の時代 】
 唐~清の間は、概ね
   金1両(37.3g) = 銀10両
との相場(金:銀=1:10)があったようですが、時代や場所によって変動していました。 右の図(文献⑨による)をご覧下さい。
 宋代から、銀の塊(銀錠、馬蹄銀)が貨幣として使用されるようになりました。 大きさはさまざまで、常に重さを量って取引しました。 定量の銀貨が出現したのは、清末期になってからです。 中国で金貨が一般に使われることはありませんでした。

清代の銀錠
347g W59 D54 H26mm


● 日本 古代~近世
ことがら 金 : 銀
760開基勝宝:太平元宝1 : 8
1085京 都1 : 5
1200頃~1540頃鎌倉~室町時代1 : 5~6
1550頃~1590頃天文末~天正1 : 12~13
1569織田信長1 : 7.5
1609江戸幕府公定相場1 : 10
1700元禄の改鋳後の公定相場1 : 14
1830頃江戸の実勢相場1 : 11
【 奈良・平安時代 】
 天平宝字4年(760)、政府は新たに金銭、銀銭を発行し、その価を次のとおり定めました。
   金銭(開基勝宝;金3.1匁)1枚 = 銀銭(太平元宝;銀2.5匁)10枚
 これは、金:銀=1:8になります。
 応徳2年(1085)、京都の法勝寺が寺院の改築のため、貴金属を売買しています。 そのときの価格は、
   金1両 = 絹25疋、  銀1両 = 絹5疋
でしたが、これは、金:銀=1:5 になります。
【 中 世(鎌倉~室町) 】
 鎌倉時代になって銭が使用されるようになると、砂金や銀塊が使われることもありました。 おおむね、金1両=銀5~6両でした。 金1両=4.5匁(元亀ころから4.4匁)、銀1両=4.3匁でしたので、金:銀=1:5~6に相当します。
 当時のヨーロッパや中国に比べると、金が異常に安価です。 マルコポーロが聞いたジパングは、この様子だったのかもしれません。
【 戦国大名の金山銀山開発 】
 戦国末期、各地の戦国大名は軍資金を得るため、金山銀山の開発を盛んに行いました。 まさにそのころ、天文2年(1533)、銀の精錬方法として「灰吹き法」が伝わり、大森銀山などの産出量が急増しました。 金銀、特に銀の産出量が急増し、金銀比価は、天文の後期~天正のころ、1:12~13になりました。
【 江戸幕府の公定相場 】
 江戸幕府は慶長14年(1609)、
   金1両 = 銀50匁
との公定相場を定めました。 これは、金:銀=1:10になります。
 江戸後期の文政時代(1830ころ)の実勢相場では、
   金1両 = 銀63匁
でした。 これは、金:銀=1:11となります。 江戸時代は、大勢としては大きく変化していないことがわかります。
    
天保小判
1837~1858年
11.2g 金品位.568
  
天保丁銀
1837~1858年
154g(41匁) 銀品位.261

● 近代(日本を中心として)
【 世界的な金銀の生産量増大 】
 日本の明治維新と同じ1870年ころ、銀の生産量が大幅に増大し、また1890年には新たな「シアン法」が開発され、銀価格は世界的に急落しました。
 1848年のカリフォルニアのゴールドラッシュ、1886年の南アフリカの金鉱脈の発見などあり、金の生産量も急増しましたが、銀の生産量の増大はそれを上回るものでした。

【 明治の貨幣制度 】
 1871年(明治4)、明治政府は「新貨条例」を制定し、
   1円 = 金1.5g = 銀24.26726g
と定めました。 金:銀=1:16.2 に相当します。
 1897年(明治30)、「貨幣法」を制定し、金価格をそれまでの2倍にしました。
   1ドル = 2円 = 金1.5g
です。 この時代、世界的にも金・銀の価格は政府の統制により、見かけ上は安定していました。

       
1円金貨
明治4年~13年
1.67g 12.1mm 品位 金9銀1
  
1円銀貨
明治3年~30年
26.96g 38.1mm 品位 銀9銅1

【 現代の相場 】
 1931年、イギリスが1816年以来の金本位制を離脱し、日本も金輸出を再禁止するなどし、世界的に金本位制が崩壊しました。 この年を境に、金銀価格は政府の統制を離れ、投資家たちの思惑や為替相場などにより乱高下するようになりました。
 1980年、ソ連がアフガニスタンに侵攻したとき、金銀価格が高騰し、最大
   金1g=6495円、 銀1g=367円
になりました。 高騰した価格は、ソ連の金の大量放出により、一転急落しました。
 2000年ころは、一時金1g=1000円以下になったこともありましたが、2005年ころから不気味に上昇し、2020年8月には
   金1g=7063円、 銀1g=102円
にまで高騰しました(比価1:69です)。
 高騰の決定的な要因はよく分かりません。 通貨不安、低金利、インフレ懸念、富裕層のマネー流入などが複合的に関わっているのでしょうか。
【 金の量 】
 2000年現在、これまで人類が獲得した金の総量は14.26万トンだそうです。 これは一辺が20メートルの立方体の大きさになります。 小さなビル1つ分です。


参考文献 :
  ①三菱マテリアルのホームページ、「金の情報博物館」
  ②田中貴金属工業(株)のホームページ
  ③岡田稔、「銭の歴史」、大陸書房、1971
  ④山田勝芳、「貨幣の中国古代史」、朝日選書、2000
  ⑤綿引弘、「物が語る世界の歴史」、聖文新社
  ⑥ジョナサン・ウィリアムズ編、湯浅赳男訳、「お金の歴史全書」、東洋書林、1998
  ⑦「造幣局百年史.資料編」、大蔵省造幣局、1974
  ⑧G.B.ケルメン、「銀貨の大量鋳潰しとコイン市場」、『ボナンザ』 80年7月号
  ⑨Tai, Stephen、「The Legendary Currency of The Late Ching Dynasty」
2004.2.14初版  その後都度改訂