たった1字の貨幣



 普通の穴銭は、上下左右に4つの字を配しています。ここでは、たった1字しかないコインを紹介しましょう。
 時代は8世紀唐の時代、場所は天山山脈とタクラマカン砂漠の間の「亀茲(クチャ)」です。

 (地図は吉川弘文館の「世界史地図」を利用しました。)



● 安西都護府

唐は、640年に「高昌」を滅ぼして「安西都護府」をおきました。
その後658年、都護府を「亀茲」に移しました。
以来約100年間、西域交通路の保護、突厥・吐蕃などからの防衛を役割としていました。

しかし、755~763年に起こった「安史の乱」で中央政府が大混乱し、また吐蕃が本国との間の河西回廊を占領してしまい、本国との連絡が絶たれてしまいました。
孤立した都護府は、中央政府の新しい年号を冠して、自分たちで貨幣を作ります。やや小ぶりですが、それほど悪い出来ではありません。
大暦の年号は766~779年、建中の年号は780~783年です。
大暦通宝 4.1g 23.7mm
建中通宝 3.4g 24.0mm

● たった1字の貨幣

孤立の度合いはだんだん深刻になります。貨幣の材料に事欠き、より小さく、穴は大きくして、半分くらいの重さになります。
そしてこのとき、4字あった文字をたった1字にしてしまいました。
元字銭は、大暦元宝の大の字の変化でしょう。中字銭は、建中通宝の中の字を郭の上へ移動しています。
共に画数の少ない字を選んでいます。都護府の混乱と疲弊ぶりが目に見えるようです。
「元」字銭 2.2g 20.6mm
「中」字銭 1.7g 21.3mm

懸命な努力も空しく、790年ころ吐蕃の侵攻で、安西都護府は消滅してしまいました。
新疆にあった漢民族を、チベット民族が滅ぼしたのです。 歴史を感じます。


2001.7.29   2013.8.23 改訂  2021.6.17 改訂