『聖なる突騎施可汗の貨幣』


  ●その1 突騎施のコイン
 次は、私のホームページ「中国周辺の文字」で紹介している8世紀のトルギスのコインです。

トルギス(突騎施) スールク(蘇禄、忠順可汗) 717-738
ソグド人は、中央アジアのソグディアナ地方の住人で、8世紀ころ内陸アジアの経済上の支配権を握っていました。
ソグド文字は、ヨーロッパのアルファベットを元に作成された文字です。字は右から左へ書きます。
このコインには、当時の王様の名が書かれているそうです。この王様は、唐風の貨幣を作りながら、唐と戦って大敗し、国は滅んだそうです。
円形で四角の穴のあいた貨幣では、世界の最西端でしょう。
24.8mm 4.7g

 ここに書かれているソグド文字の意味がわかりませんでしたが、やっと何とか分かりました。


  ●その2 ソグド文字
 まず、ソグド文字について解説のある資料は次の3つありました。
  (a)世界の文字研究会編、「世界の文字の図典」、吉川弘文館、1993
  (b)河野六郎・千葉栄一・西田龍雄、「言語学大辞典.別巻.世界文字辞典」、三省堂、2001
  (c)Iranian Languages & Scripts

 ひとこと「ソグド文字」といっても、いくつも種類があるようです。
  (a)では、語頭、語中、語尾の3種類 ⇒表1
  (b)では、正字体、草書体の2種類 ⇒表2
  (c)では、Sogdian script,Manichaean script,Syriac script の3種類
を解説しています。 それぞれ似通っているところもありますが、全く似ていないところもあります。 研究者によって、音価も微妙に異なります。
 (「かな」といっても、カタカナ・ひらがな・変体がな、楷書・行書・草書、旧かなづかい・現代かなづかいなどがあるのと同じようです。)


  ●その3 このコインの文字の読み方と意味
 次に、このコインの読み方と意味を記載している資料は次の8つありました。
  ①Sapèques des Türgish (フランスのサイト)
  ②Türgesh/Arslanid's coins (ロシアのサイト)
  ③COINS OF CENTRAL ASIA (ロシアのサイト)
  ④air astana WORLD discovery #02.2004(5)(カザフスタンの航空会社の雑誌)
  ⑤Turgis Coin (中国のサイト)
  ⑥絲綢之路銭幣(中国のサイト)
  ⑦「新疆古銭幣」(『新疆金融』1986.8増刊号)
  ⑧「東亜銭志」(昭和13年に発行された古銭誌。ドイツ人F.W.Müllerの説として紹介。)

 それぞれの資料による読み方と意味は次の通りです。
資料No読み方意 味
①(フランス)Baga Turgish Qaghan pnymonnaie[貨幣] du Céleste[天の] Qaghan des Türgish
②(ロシア)βγy twrkys γ'γ'n pnygodlike Türgesh kagan's coin'
③(ロシア)βγy twrkys γ'γ'n pnyFen of king Turgesh's kagan
④(カザフスタン)βγy twrkys γ'γ'n pnyThe coin of the Heavenly Turgesh ruler
⑤(中国) Heavenly Turgis Khanate Coin
⑥(中国) (Sulu Qaghan)
⑦(中国)突騎施可汗拝布給【注】拝布給(Bai Bgi)は可汗の名字の可能性がある
⑧(日本)Türgis Kakhan BaiByi突騎施可汗。BaiByiは可汗の名だが「莫賀」か?

 pnyとはインド語のpana(銭)を語源とするソグド語で、銅銭を意味します。
 各説で微妙な差はあるものの、大筋は一致しています。 日本語では、『聖なる突騎施可汗の貨幣』とでも呼ぶものでしょうか。

  ●その4 私の挑戦
 読み方を一字一字当てはめることに挑戦しました。 いろいろ挑戦した結果、(b)(表2)の正字体と②~④の読み方が最もよくマッチしました。 少し苦しいところもありますが、許してください。 なお、ソグド文字は右から左へ書きます。


  ●●その5 発行者について
突厥の故里:ハヌイ川を渡る馬の群れ
雪豹さんの 「突厥がすきっっっ!」から許可を得て借用しました
下の地図の○印付近だそうです
  (地図は吉川弘文館の「世界史地図」を利用しました)
 突厥(とっけつ、とっくつ)は、6世紀ころモンゴル高原で柔然族に支配されていた民族ですが、552年、柔然を破り独立しました。
 その後勢力を拡大しましたが、583年、同族間の争いで、東突厥(モンゴル高原)と西突厥(中央アジア)に分裂しました。
 657年、唐は西突厥を破り、勢力を弱めるため、二人の可汗に分割統治させました。
 716年、懐道十姓可汗(在位704-706?)の娘婿スールク(蘇禄)は、二人の可汗を追放し、国号を「トルギス(突騎施)」と改め、唐と対立しました。 トルギスとは、突厥を構成していた10氏族のうちの一つの名前です。
 上の貨幣を発行したのはこのスールクとされています。 貨幣を発行して商業を盛んにし、国を強くしようとしたのだと思います。 当時ソグド商人たちが、中央アジアの経済を支配していたようです。

 736年スールクは唐と戦って大敗し、翌々年には暗殺され、西突厥は完全に滅びました。 (東突厥も744年にウィグル族によって滅ぼされました)。


 謝辞 : 関連するHPのサイトを探してくださったのは、カナダの大学の飯田先生です。ありがとうございました。

2002.11.4