東南アジアの貨幣



  東南アジアには、地形や気候の複雑さから、大きな統一国家が発展しませんでした。
  そのため貨幣も時と場所によって、さまざまな素材を使い、さまざまな形態をしています。


  (ご注意:コインの縮尺は必ずしも同一ではありません。)
  ● 中世初期のコイン
   
フーナン王国  銀貨
3~6世紀 9.4g 31mm
1~7世紀に、カンボジアに「フーナン(扶南)王国」が栄えていました。
三国志時代の呉との交易もあったそうですから、邪馬台国と同じ時代ということになります。
この国の銀貨の表面は、太陽が昇る図です。
裏面には、お寺が描かれています。

   
シューリービジャヤ帝国 20ラティ金貨
9~10世紀 2.4g 7mm
スマトラ島には、7~14世紀に「シュリービジャヤ帝国」が栄えました。 仏教が盛んで、中国には「室利仏逝国」として紹介されました。
パレンバンを中心に海洋交易で栄え、一時はセイロン島やルソン島(フィリピン)までを支配する大帝国になりました。
この国では、この地方では珍しく、金銭を発行しています。 しかも形状と重さ固定の金貨です。

  
ベトナム 大越 「太平興宝」
10世紀 2.2g 23.1mm
ベトナムは古代より中国の支配を受けていましたが、10世紀に唐が衰退したとき、丁氏が独立して「大越」を建国しました。 そして、唐の「開元通宝」を見ならって、自分たちの貨幣を発行しました。
この形式の貨幣は、その後も20世紀初期まで続きました。

   
ジャワ マジャパヒト王国 
15~16世紀 2.2g 13.8mm
13世紀末に、元の軍がジャワ島にも攻めてきました。
元の軍を巧みに利用した武将ビジャヤが建国したのが「マジャパヒト王国」です。
ヒンズー教が盛んで、スマトラやマレー半島にも勢力を延ばしました。
コインの表はナガリ文字の”ma”です。

  ● なまこ型のコイン
  
ラオス ランサン王国 1/4タムルン銀貨  
14~15世紀 19.9g 42mm  
内陸部のラオスやシャムの東北部では、なまこ型の銀貨が発行されています。 日本の丁銀に似ています。

14世紀にラオスに「ランサン王国」が建国されました。 ”ランサン”とは、”百万の象”という意味です。
この国が発行した銀貨には象が描かれています。

  
シャム 舟型銀貨
24.8g 74mm
ラオス近くのシャム東北部では、舟のように細長い銀貨が発行されました。
銀貨といっても、品質はあまり高くないようです。

 
シャム 虎舌銀
13~18世紀 53.6g 90mm
模様が虎の舌に似ているので、「虎舌銀」と呼ばれています。
日本の丁銀と同じく、重さは一定ではありません。


  ● 錫や鉛のコイン
  
シャム アユタヤ王朝 鉛貨
13~15世紀 115g 21~32mm
14世紀に、シャムにアユタヤ王朝が成立しました。 山田長政が仕えた王朝です。
この国は、銅や鉛や錫で弾丸のような貨幣を発行しました。 ずしりと重いコインです。

  
スマトラ アチェ王国 錫貨
19世紀 2.3g 20.0mm
15世紀の明の永楽帝が鄭和に命じて行わせた南海遠征の記録では、スマトラやマラッカでは錫の貨幣が盛んに使われると報告されています。
アチェ王国は、16~19世紀にスマトラで栄えた国です。
右のコインには、アラビア文字で発行年1260年(西暦1844年)が書かれています。

  
ビルマ トウングー朝 錫鉛貨
16~17世紀 12.9g 29mm

16世紀になって、ビルマはトウングー朝によって統一されました。 首都はペグーです。
一時は隣国のシャムのアユタヤ朝を支配するなど大いに栄えました。
コインには、鳥とウサギが描かれています。 愉快なデザインです。

  ● 中国穴銭の模倣コイン
   
至道元宝の模倣貨 14世紀 2.9g 22mm
10世紀ころから中国の経済圏の影響を受けるようになり、中国の穴銭も使われるようになったようです。 ベトナム(安南)では、中国の銭と同じ形態の独自の貨幣を発行しましたが、マレーやスマトラでは幾分異なった風格のコインが発行されています。
ただし、安南での貨幣が銅製だったのに対して、この地方では鉛または錫が多く含まれています。

右のコインは10世紀に発行された北宋の「至道元宝」の鋳写し貨。 日本で15~16世紀に盛んに行われた鋳写鐚銭と同様です。

     
咸平元宝? 17世紀 0.17g 13mm
右のコインも北宋の「咸平元宝」の銭銘を使っているらしいのですが、限りなく小さく、穴は限りなく大きくなり、重さは0.2グラム以下です。 表面積が小さいため、文字は限りなく小さく、解読が困難になっています。
16世紀末にスマトラ島に到着したオランダ商人は、中国の福建省で銅と鉛で造られた小さなコインがこの地方で流通し、中国の銭(チェン)1枚がこのカイシィ(caixa)15枚に相当している、と報告しています。
(なお、caixa は英語の cash の語源です)

     
史利丹宝 17世紀 0.49g 18mm
15世紀以降、スマトラにもイスラム教が浸透しました。 右の「史利丹宝」は、「スルタンの宝」と読めます。 漢字文明からは離れた文明らしく、定規で書いたような稚拙な文字は、日本の「島銭」を彷彿とさせます。

   
安法元宝 16~19世紀 1.2g 20.6mm
ベトナムでは、中国銭を模した貨幣が民間で盛んに発行されました。 16世紀ころから19世紀にかけてのかなり長い間行われていました。 通常やや小ぶりで、中国にはない独自の銭銘をしたものが多いです。
古銭界では、「安南手類銭」と呼んでおり、数十の手類に分類しています。 右はその代表的な「安法手」と分類されているものです。

  ● ヨーロッパ人のコイン
    
ポルトガル ジニエイロ錫貨
16世紀 2.4g 18mm
東南アジアに最初に来たのはポルトガル人です。
1511年には既にマラッカに来ています。

 
オランダ 2ストイフェル銅貨
1807年 8.7g 24mm
次に来たのがオランダ人です。 1602年には東インド会社を設立しました。
当初は本国のコインを製造していましたが、ヨーロッパでナポレオン戦争が始まると、本国からの通貨の供給がとだえました。
そのため、日本から輸入した銅(細長い形だったので「竿銅」と呼ばれています)を適当な大きさで切断し、発行年と額面を刻印して当座の出費に使用しました。
日本の銅は評判が良く、現在のベトナムの貨幣単位「ドン(Dong)」の語源になっています。

 
フランス トンキン 600分の1ピアストル亜鉛貨
1905年 2.5g 25.0mm
フランスは、1884年にベトナムを保護領としました。
右のコインには、”PROTECTORAT DU TONKIN(トンキン保護領)”と書かれています。

  ● 近代のコイン
  
カンボジア王国 1ファング銀貨
1850年ころ 1.5g 13.5mm
カンボジアは、古来「真臘」として知られていました。
アンコールに都があり、12世紀に造営されたアンコールワットは有名です。
14世紀以降は、タイやベトナムに挟撃されだんだん勢力を失い、1863年にフランス領となりました。


   
タイ チャクリ朝 1バーツ銀貨
1860年ころ 15.3g 12~16mm
タイでは、18世紀にアユタヤ王朝はビルマに攻められて国が滅び、かわってバンコクを首都とする「チャクリ(ラタナコーシン)朝」が成立して、今日に至っています。
19世紀には、イギリスとフランスの両植民地の圧力を巧みな外交でかわし、東南アジアで唯一独立を保ちました。

 
越南 阮朝 「維新通宝」 10文
1907年 4.6g 26.8mm
ベトナムは南北に分かれていましたが、1802年に阮朝の越南国が南北ベトナムをを統一しました。
この国では中国風の穴銭を多く発行しました。
右は維新帝(在位1907~1916)が発行したものです。 さすがに王朝末期ともなればインフレにもなったようで、10文銭です。
阮朝は、太平洋戦争が終わった1945年9月に、ホーチミンの民主共和国が成立するまで続きました。

  ● 近代の紙幣
フランス領インドシナの紙幣 50セント
1939年 104mm×69mm
フランス領インドシナの50セント紙幣。
この頃の貨幣単位は、1ピアストル=100セント。
額面が「50CENTS」の他、ベトナム語「NĂM MƯƠI XU」、中国語「五毛」、カンボジアのクメール語「៥០ សេន」でも書かれています。 すべて 50 cents の意味です。

独立後のベトナム(越南)民主共和国の紙幣 1ドン
1947年 113mm×60mm
独立後のベトナム民主共和国の1ドン紙幣。 肖像はホーチミン。
額面が「1$」の他、ベトナム語「MỘT ĐỒNG」、中国語「壹元」、ラオスのラーオ語「໑ ... 」とカンボジアのクメール語「១ រៀល (1 riel)」でも書かれています。

【参考文献】
  Michael Mitchiner, " The History and Coinage of SOUTH EAST ASIA until the fifteenth century"
  Michael Mitchiner, " Oriental Coins and Thier Values THE WORLD OF ISLAM"
  増尾富房、『東洋古銭図録(上巻)』、穴銭堂
  黒田明伸、『貨幣システムの世界史』、岩波書店


2016.1.2  2023.9~10 「中国穴銭の模倣コイン」、「近代の紙幣」などを追加