『天保通宝』


 ● 天保通宝の登場




側面の桐極印
天保通宝 「長郭」
内郭がやや縦長
22.7g,49.3×32.5mm
 天保5年(1834)3月、浜松5万石の藩主水野忠邦は、念願の老中となることができました。しかし、まだ新米の老中です。幕閣の中で権勢を握るには多くの資金を必要とします。
 当時の金座の支配人は後藤家第13代の三右衛門光亨です。当時の後藤家は、際立った事業もなく、家勢は衰え気味でした。
 後藤三右衛門は、水野忠邦に接近し、金座で新たな貨幣を鋳造することを建策しました。
 新たな貨幣は、100文銭という、日本では例をみないものでした。 デザインは小判に似た楕円形です。 表には「天保通宝」、裏上部に「当百」、裏下部は後藤家の花押です。さらに、左右の側面に桐の紋の形の極印があります。重さは5.5匁(20.6g)基準で、寛永通宝一文銭(0.7匁前後)8枚分です。

 三右衛門の建策は天保6年(1835)6月に許可され、閏9月に生産が開始されました。
   ■第1期 天保6年(1835)閏9月~7年12月 3000万枚(「長郭」と分類されているもの)
   ■第2期 天保8年(1837)8月~12年12月 1000万枚(「細郭」と分類されているもの)
 この天保通宝は、意外なほど国民に好評でした。
 大量の鋳造は、後藤家に多大の収益をもたらし、当然、忠邦への献金も多くなりました。
 忠邦は、三右衛門からの献金を利用して幕閣の中での地位を高め、天保12年(1841)5月、大改革を開始しました。「天保の改革」です。

 ● 天保通宝の大量発行
「細郭」
内郭が正方形
22.7g,49.0×32.9mm
「広郭」
内郭が広い
20.4g,49.0×32.5mm
明治貨幣司鋳造
未使用に近い
18.9g,49.0×32.6mm
 水野忠邦の性急な改革路線は必ずしも歓迎されず、保守派の抵抗にあい、天保14年閏9月に失脚しました。
 さらに老中阿部正弘により、三右衛門からの16万両の贈収賄が暴かれ、弘化2年9月、忠邦は蟄居の上2万石減封、翌月三右衛門は死罪に処せられました。
 しかし、一時中断していてた鋳造は弘化4年に再開され、これまで以上に盛んに作られました。
   ■第3期 弘化4年(1847)10月~万延元年(1860)末 推定3~4億枚
       (「広郭」と分類されているもの)
 1日平均10万枚ものペースです。
 江戸幕府が崩壊したのちは、明治政府が金座を接収し、貨幣司の支配下のもとで天保通宝を発行しつづけました。
   ■第4期 慶応4年(1868)4月~明治3年(1870)8月 3700万枚(6500万枚との説もある)

 ● 雄藩による発行
秋田藩 「広長郭」
赤い銅質です
23.2g,49.3×32.5mm
水戸藩 「大字」
雄大な書体です
20.3g,49.2×32.6mm
薩摩藩 「横郭」
郭が大きく横長
20.5g,49.0×32.8mm
民間による彷鋳品
淨宝寺銅山手
21.5g,47.2×31.8mm
 寛永通宝の1文銭8枚で100文の天保通宝が作れます。幕府や明治政府だけでなく、多くの雄藩が作りました。なかでも秋田藩、水戸藩、薩摩藩などが多く作りました。幕府の許可を得ていたかどうかは疑問です。慶応のころから明治3年にかけてのことです。
 秋田藩のは、阿仁銅山の赤みのある材質が特徴です。
 水戸藩は国許と、江戸小梅の藩邸内の両方で鋳造していたようです。
 薩摩藩のは、穿が大きく、やや横長なので「がまぐち」とのあだ名があります。
 藩だけでなく、民間の彷鋳品もあります。岩手県の淨宝寺村は寛永通宝もたくさん作ったことで有名です。


 ● 天保通宝の退場
発行者時期発行枚数備考
江戸幕府
(金座)
天保6年閏9月~7年12月3000万枚長郭
天保8年8月~12年12月1000万枚細郭
弘化4年10月~万延元年末3~4億枚広郭
明治政府慶応4年4月~明治3年8月3700万枚 
諸藩・民間慶応ころ~明治3年2~3億枚 
 結局、江戸幕府、明治政府、諸藩および民間での鋳造量は推定で7~8億枚になります。
 明治4年12月、新貨幣との交換率を天保通宝1枚=8厘としました。 1銭(10厘)に少し足りないことから、少し足りない人のことを”天保銭”とからかったそうです。
 新貨幣との交換は明治29年末まで続けられ、その交換枚数は合計で、
     484,804,054枚(4.8億枚)
との記録があります。
 溶解されたものなどを除いて、現在でも1~2億枚は残っていそうです。


参考文献
 ①瓜生有伸、「天保銭百話」、『ボナンザ』連載、1979.12~81.2
 ②小川吉儀・陸原忘庵、「天保通宝鑑識と手引」、万国貨幣洋行、1957
 ③小川浩、「新訂天保銭図譜」、日本古銭研究会、1975


2005.12.4