江戸時代貨幣年表

 ①、②、・・・⑫は、月を示します。 ❶❷・・・は閏月です。
年度西暦貨幣のできごと関連記事米 価銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
永禄1558
 21559 ③武田信玄、悪銭・新銭の通用を禁止。
 31560 ⑤桶狭間の戦い。
 41561 ⑨川中島の戦い。
 51562
 61563 ①毛利元就、石見銀山の半分を朝廷と幕府に献上する。
 71564
 81565
 91566 奈良の米価
(1石あたり銭文)

488~833
101567 ⑩織田信長、美濃加納を楽市とする。 500~838
111568 667~833
121569 ①織田信長、撰銭令を出す。 602~625□織田信長公定
金1両=銀7.5両
(32.25匁)
□織田信長公定
1.500
元亀1570 300~606
 21571 333~500
 31572
天正1573
 21574
 31575
 41576 500
 51577 ⑥織田信長、安土を楽市とする。
 61578 ⑤上杉謙信没後の春日山城の在庫金、1126枚1両3分1朱。
 71579 313
 81580
 91581
101582 ⑥本能寺の変。 500
111583 1250~1333
121584
131585
141586 1299
151587 ○豊臣秀吉、「天正通宝(金・銀)」、「永楽通宝(金・銀)」を鋳造し、島津征伐に携行する。 1429
161588 ○豊臣秀吉、後藤徳乗・祐乗に「天正大判」を鋳造させる。 1250
171589 1389~1408
181590 ⑦小田原北条氏が豊臣秀吉に降り、天下統一。 1250
191591 500~833
文録1592 ○この頃、「文録通宝(銀)」、「御公用銀」などを鋳造。 556~1111
 21593 625~714
 31594 1429
 41595 ○家康、後藤庄三郎光次に命じて「武蔵墨書小判」を発行させる(1596?)。
慶長1596 以下京都の売相場
(1石あたり銀匁)

10.0
 21597 10.52
 31598 ○この頃、家康、堺の湯浅作兵衛常是を伏見に呼び、「大黒括袴丁銀」を試作させる。 ⑧豊臣秀吉没。遺産は金9万枚、銀16万枚(合計金106万両換算)。 12.41
 41599 ○家康、「額一分」を発行させる。 15.75
 51600 ⑨関が原の戦い。
1 7 世 紀 前 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
 61601 ⑤末吉勘兵衛の建言により、伏見に「銀座」を置く。
⑦慶長大判、慶長金(小判・一分金)、慶長銀を発行。全国統一の金銀両本位制度を確立。
なお、この当時、金貨を発行したのは「小判座」と呼ばれており、江戸・京都に設置されていた。「金座」と改称されたのは元禄の改鋳以降である(延宝ころからとの説もある)。
⑥佐渡・石見の金・銀山を幕府直轄とする。
○朱印船貿易始まる。(~1639)

10.82~14.10
 71602 ○大久保長安、佐渡金山奉行となる。
 81603 ②[初代将軍]家康
④長崎奉行を設置。
19.05~20.00
 91604 ○永楽銭1文=鐚銭4文とする。 ○五街道を整備(一里塚を置く)。
⑤糸割符法を制定、長崎・堺などの商人に輸入生糸の先買権を与える(~1655)。
101605 ○島津氏が「大中通宝」を作成。この頃、銭の渡来は途絶えており、加治木など日本各地で銭が鋳造されていた。 ④[2代将軍] 秀忠
111606 ○駿府に銀座を置く。駿河の金座もこの頃設置。
⑦「慶長通宝」を発行するが普及せず、⑫に通用停止。
江戸の相場
72.60~75.00
121607
131608 ○伏見の銀座を京都に移す。
○金1両=鐚銭4貫文と定め、永楽銭は使用禁止とする。実際にはこの後も通用していた。
○豊臣秀頼、「大仏大判」を製造(~1612)。
18.18~18.50
141609 ⑦金1両=銀50匁=永楽銭1貫文=鐚銭4貫文と定める。 ○オランダ、平戸に商館を設置。 20.00□公定 50.0□公定 4.000
151610 ○足尾銅山発見。 18.18~18.86
161611 ⑦江戸中心の街道の駄賃を定める。 18.18
171612 ○駿府の銀座を江戸に移す。 16.67~17.24
181613 ④大久保長安病没、遺族は不正蓄財の廉で処刑される。 18.33
191614 10.52~22.06
元和1615 ⑤大坂夏の陣。大坂落城時、金2.8万枚、銀2.4万枚(合計金30万両換算)が接収される。 25.00~34.24
 21616 ⑤撰銭を禁止し、金1両=銭1貫文とする。 ④徳川家康没。遺産は600万両。
○名古屋城の金鯱完成、慶長大判1940枚を使う。
25.00
 31617 ○この頃「元和通宝」を試作。
○この頃から1650年ころにかけて各地で地方銀が発行される。秋田(窪田銀)、加賀(加賀小判、花降銀、加賀南鐐)、松江(出雲銀)、長門(山口余極印銀)、越後長岡(寛字銀、栄字銀)、越後村山(長字銀、永字銀)、越後高田(大徳寺銀、柏崎永字銀)など。
 41618 16.67~20.16
 51619 ○佐渡奉行、「佐渡徳通印銀」を発行。 ○菱垣廻船が始まる。 19.13~25.00
 61620 26.27~31.63
 71621 31.25~35.7157.50~63.00
 81622 ○この頃、佐渡金山の最盛期。「佐渡小判」発行。
○この頃、丁銀の切り使いが禁止される。
○この頃、宿賃・人馬賃などを規定する。 28.57~35.71
 91623 ○伊勢山田の商人が「山田羽書」を発行する(1610年?)。秤量貨幣の小額の釣銭として発行したもので、”羽書(はがき)”は”端数の書き付け”の意味。 ⑦[3代将軍]家光 26.32~31.25
寛永1624 25.00~28.62
 21625 19.23~22.22
 31626 ○この頃、水戸の商人・佐藤新助が「寛永通宝」を試作。 20.00~43.70
 41627 28.57~40.39
 51628 24.92~30.15
 61629 22.70~25.00
 71630 ○福山藩が、いわゆる藩札を発行したとの記録がある。 22.97~25.74
 81631 23.65~25.05
 91632 23.00~30.00
101633 26.00~27.03
111634 ○日光東照宮の造営。1年5ヶ月の歳月と、金56.8万両、銀100貫、米1000石を費やす。 28.04~40.00
121635 ⑥参勤交代が制度化される。
○この頃銀の輸出が膨大。ポルトガルとオランダに年間およそ銀3万貫を輸出。銅銭(サカモト、ミト、エーラクなど)の輸出も盛ん。
36.00~43.22
131636 ⑥「寛永通宝」を初めて発行。古寛永の第一期。(-水戸、5江戸浅草橋場、6江戸芝網縄手、6坂本) 41.26~55.46
141637 ○寛永通宝(1長門、8仙台、-吉田、-松本、-高田、12岡山、-竹田)。 ○銅の輸出を禁止。(輸出解禁は1646年) 54.99~62.00
151638 45.12~52.50
161639 ○寛永通宝(-駿河井ノ宮)。
○幕府は、渡来銭を寛永通宝で置き換える政策を推進する。
⑦ポルトガル人の来航禁止(鎖国)。 32.33
171640 ○銭相場下落のため、寛永通宝の製造を一時中止。 36.70
181641 48.49
191642 ○寛永の大飢饉。 54.67
201643 ○私鋳銭を禁止する。14世紀から行われていた民間での銭の鋳造が終る。 ③田畑の永代売買禁止。 33.12
正保1644 30.19
 21645 30.00
 31646 26.64
 41647 24.74
慶安1648 ○この頃、生野銀山で職人の賃金支払い用に「但馬南鐐銀」を発行(1651?)。 27.58
 21649 ②慶安のお触書。 29.08
 31650 31.05
1 7 世 紀 後 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
 41651 ○鄭成功の依頼により、長崎にて「永暦通宝」を発行。 ⑧[4代将軍]家綱
⑦由井正雪の乱。
30.82
承応1652 33.00
 21653 ○寛永通宝(6京都建仁寺)、古寛永の第二期。 33.00
 31654 39.47
明暦1655 39.04
 21656 ○寛永通宝(-駿河沓谷、10江戸浅草鳥越)。 ○鴻池善右衛門、両替商を創業。(1674?) 40.47
 31657 ○株仲間の独占を禁止。
①江戸の大火(明暦の大火)により、幕府財政逼迫。
38.99
万治1658 ○明暦大判(慶長大判の一種)を発行。明暦の大火により損傷した金銀をもとに鋳造。(1659?) 50.26
 21659 ○古寛永の製造終了し、悪銭停止令を出す。
⑦長崎貿易銭の発行(~1685年)。
54.69
 31660 69.06
寛文1661 ○福井藩が藩札を発行。なお、この当時、「藩札」という言葉はなく、「札(ふだ)」、「羽書(はがき)」などと呼ばれていた。「藩札」と呼ばれるようになったのは明治元年以降のこと。
 21662 42.72
 31663 ○大垣藩でも藩札を発行。この後、名古屋、姫路、出石など諸藩が続く。
 41664
 51665
 61666 54.29
 71667 53.47
 81668 ⑤江戸亀戸において、「寛永通宝」(いわゆる背文銭)の大規模な製造再開(~1683)。製造方法が改良され、均質な銭が大量発行されるようになる。新寛永の開始。
○この頃、出羽・北陸を中心に、灰吹銀・切銀などの地方貨幣がまだ使われていた。
⑤長崎貿易の銀貨支払いを、金貨支払いに改める。(銀輸出の禁止) 49.82
 91669 59.23
101670 ⑥新銭(寛永通宝)と古銭(その他の銭)を混合して使うことを禁止する。この頃、古銭は新銭の約半分の価値で使われていたらしい。○大坂で十人両替が結成される。 56.40
111671 46.01
121672 ○河村瑞賢、東廻航路・西廻航路を整備する。
③長崎貿易の輸入価格を、相対売買から市法売買に変更する。
48.06□公定 4.000
延宝1673 ○寛永通宝(-江戸亀戸)。 ○三井高利が、江戸と京都に越後屋呉服店を開く。 55.38
 21674 73.25
 31675 62.41
 41676 57.40
 51677 44.90
 61678 44.23
 71679 71.84
 81680 ⑦[5代将軍]綱吉 67.00
天和1681 76.05
 21682 ⑥勘定吟味役を設置。
○寛永通宝以外の銅銭の使用を禁止する(1674?)。
渡来銭は既に市場からは姿を消していたため、形式的なものに近い。
 31683
貞享1684 ○糸割符制度再開。 これ以降明治まで
大坂での米相場

(原則として肥後米、
肥後米相場がない
ときは、筑前米*、
広島米+、中国米-)
40.0
 21685 ○貿易年額を、清は銀6000貫(金10万両)、オランダは銀3000貫(金5万両)までに制限。この頃は銅の輸出が盛んで、金銀の流出は減少。 □公定 60.0
 31686 ⑧貿易年額を、朝鮮は銀1800貫に制限、⑫琉球は金2000両までに制限。
 41687 ①「生類憐れみの令」が出る。
⑨荻原重秀、勘定吟味役となる。
元禄1688 ○井原西鶴『日本永代蔵』を刊行。これによると「分限」の財産は銀500貫目、「長者」の財産は銀1000貫目。
⑪柳沢吉保、側用人となる。(1694老中格、1698大老格)
 21689
 31690 ○伊予別子銅山が開坑される。
 41691 41.0~53.3
 51692 江戸の相場
60.61
 61693 ○「元禄大珎(銀1匁、銀5分)」、「元禄開珎(銀1分)」、「元禄徳宝(銀5厘」)の銅銭を試作。 52.0~60.060.88
 71694 ○江戸十組問屋が結成される。
○『萬寶全書』(骨董趣味全般の指南書)が発行される。(この頃から古銭収集が始まった)
65.0~69.361.33~66.16江戸の相場
4.800
 81695 ⑨元禄の改鋳。元禄大判、元禄金(小判・一分金)、元禄銀を発行し、金1両=銀60匁=銭4貫文、と定める。 将軍の大浪費により窮乏した幕府財政を持ち直すため、品位を落とした貨幣の発行で差益(出目)を得ることを目的とした。出目は8年間で450万両だった。
○この頃まで毛利氏・前田氏など有力諸侯が、領内通用の金貨・銀貨を発行していた。
○奥羽で大飢饉。死者8万人。 70.0~80.0 以下元禄銀61.59~62.054.500
 91696 ⑦幕府、古金銀(慶長金銀)を通用停止する旨の警告を行うが、実効なく、古金銀は退蔵される。 ④[勘定奉行]荻原重秀(~1712.9) 105.060.69~62.824.400
101697 ⑥元禄二朱金。 60.0~90.058.34~59.614.040
111698 ○寛永寺根本中堂の造営工事で紀伊国屋文左衛門、50万両の利益を得る。 100~1053.780
121699 ⑦[若年寄]稲垣重富(~1709.9)
❾幕府、窮乏する旗本・御家人に拝領金(70~240両)を支給する。
49.60~55.003.860
131700 ○元禄の改鋳で銭の相場が上り、寛永通宝(江戸亀戸、京都七条)を発行。銭は軽量化され、「荻原銭」と呼ばれる。
⑧金1両=銀60匁=銭4貫文と定める。
47.00~48.00
□公定 60.0
3.710
□公定 4.000
1 8 世 紀 前 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
141701 80.0~93.03.900
151702 100~110*4.060
161703 ○「銀代通宝」を試作する。 92.0~93.0
宝永1704 ○水戸藩の財政改革(「宝永新法」)始まる。1709年失敗。 45.0~50.0
 21705 ⑤大坂の淀屋が闕所となり、財産没収。現金だけで金12万両、銀12.5万貫。 41.058.10~58.404.880
 31706 ⑥宝永銀(二つ宝)、品位低下
○柳沢吉保、「甲州金」を製造。甲州金は、その後江戸末期まで流通。
45.0~50.0*
 41707 ⑩札(藩札)遣いを禁止する。このときまでに藩札を発行していたのは53藩。 75.0~93.0 慶長銀
120~150 宝字銀
 51708 ①「宝永通宝」を発行するが、不評のため翌年①廃止。
○寛永通宝(江戸亀戸)。
70.0~80.0 宝字銀58.004.680
 61709 ③宝永銀(永字) ⑤[6代将軍]家宣、新井白石登用 60.0~70.0 宝字銀58.00~58.144.600
 71710 ④宝永[乾字]金(小判・一分金)、二朱金は廃止。
④荻原重秀が幕閣に諮ることなく、品位の悪い宝永銀(三つ宝)を発行。これには、新井白石が激怒したらしい。
41.0~57.7 慶長銀
52.3~67.1 元禄銀
67.0~86.0 宝字銀
58.52~60.252.000乾字金
正徳1711 ⑧品位がさらに低下した正徳銀(宝永四ツ宝銀)を発行。 42.0 慶長銀
68.5~73.0 宝字銀
64.90~65.82
 21712 ⑨荻原重秀罷免。 ④[7代将軍]家継 51.0 慶長銀
63.0 元禄銀
81.5~86.1 宝字銀
77.20~77.26
 31713 ○新井白石が慶長の品位に戻す改革案を出す 96.0 慶長銀
121.0 元禄銀
155.0 宝字銀
58.00~82.95
 41714 ⑤正徳[武蔵]金(小判・一分金)、享保銀を発行。新井白石とこの後の吉宗は、理想に走って慶長の品位に戻したが、そのため米価安・物価高となり、武士・農民が困窮。
○寛永通宝(5江戸亀戸、6佐渡)。
⑤相次ぐ改鋳で銀座役人の不正収入が発覚し、関係者が処罰される。
100.9 慶長銀・新銀
126.1 元禄銀
155.2 宝字銀
201.8 通用銀
76.00~89.00
73.05通用銀
36.52新銀
3.050~3.070
 51715 ①「海舶互市新令」を出し、貿易量を制限。清とは銀6000貫、オランダとは銀3000貫を上限とする。 75.0~76.0 慶長銀
93.2~93.3 元禄銀
115.3~115.4 宝字銀
220~230 通用銀
3.000~3.135
享保1716 ○享保金(小判・一分金) ⑧[8代将軍]吉宗 130.0
 21717 ○佐渡において小判・一分金、および寛永通宝を発行。(~1724) ②[江戸南町奉行]大岡忠相(~1736) 70 慶長銀
90 元禄銀
110 宝字銀
130~158.8 通用銀
64.20~69.752.817
 31718 ○劣悪な宝永金銀の通用を禁止させる。4年後に完全に廃止される。 ○江戸の両替商を600名に限定する。 33.0 慶長銀・享保銀
11.25 元禄銀
52.8 宝字銀
52.10~58.76
94.00
 新金四宝金
86.00
 乾字金四宝金
2.583~2.734
 41719 ⑪幕府、「相対済し令」により、旗本・御家人が借金を踏み倒すのを黙認。 42.2 慶長銀・新銀
51.5 元禄銀
46.60~40.564.999 新金
 51720 53.8~68.2 以下享保銀43.40~48.034.630
 61721 ○初の人口調査、2606万人。他に武士・公家・僧侶が約500万人。 70.0~80.051.90~55.804.510~4.655
 71722 44.0~72.057.00~61.304.500~4.600
 81723 ○米価安・物価高のため、物価引下令を出す。
○幕府、新田開発を奨励。
41.0~42.0
(米価安)
51.20~60.354.415~4.650
 91724 43.0+51.70~55.104.220~4.568
101725 ⑩享保大判を発行、金7両2分と定める。 50.3+53.35~55.403.860~4.556
111726 ○寛永通宝(-江戸深川十万坪、-京都七条)。 51.5+55.10~59.204.110~4.375
121727 ○荻生徂徠、『政談』を著す。 36.8+57.40~59.104.435~4.710
131728 ○寛永通宝(1仙台石ノ巻、11難波)。 ○中谷顧山、『孔方図鑑』(古銭カタログの元祖)を著す。 57.60~59.254.580~5.030
141729 ○太宰春台、『経済禄』を著す。 27.0~28.0+57.95~59.005.020~5.296
151730 ⑥藩札の発行を条件つきで許可。(20万石以上の藩は25年、20万石以下は15年限り)。 29.8+58.05~60.055.020~5.255
161731 41.5+58.30~60.055.050~5.385
171732 ○西日本のウンカの大量発生で飢饉(享保の飢饉)。死者1.2万人。 76.0~90.0+
(享保の飢饉で高騰)
58.30~59.255.080~5.365
181733 58.90~60.004.980~5.060
191734 57.60~59.204.955~5.165
201735 ○寛永通宝(-佐渡)。 56.90~57.754.250~5.125
元文1736 ⑤元文金(小判・一分金)、⑥元文銀を発行。享保金銀の高品位化は、貨幣流通量の減少と折からの新田開発で、米価安・物価高を引き起こし、米を収入源とする武士階層が困窮し、経済が停滞した。この対策として、品位を落とした金銀貨を発行したものである。貨幣の悪鋳であるが、物価は安定に向かう。
⑥金銀貨が増大したことに伴い、寛永通宝(江戸深川十万坪、鳥羽、伏見)も大量に増鋳。
49.10~49.20
 文金文銀
58.40~58.50
 古銀
87.61~87.78
 新金
4.350~4.604
3.180~3.190古金
2.830~2.850文金
(銭不足で高騰)
 21737 ○寛永通宝(-藤沢、-和歌山、2本所小梅、7日光、11江戸亀戸、-佐渡)。 45.5+51.10~53.302.860~3.160
 31738 ○寛永通宝(5秋田、8摂津加島)。 49.8~87.8+52.60~57.402.640~3.080
 41739 ⑪銅の不足により、寛永通宝の鉄銭が発行される。青木昆陽の建策とも言われる。これ以降、銅銭より鉄銭の発行量が多くなる。
○寛永通宝(2深川平野新田、6本所押上、6深川十万坪、11仙台石ノ巻、12摂津加島、12藤沢吉田島、12本所小梅)。
66.0+56.70~59.602.750~2.890
 51740 ○寛永通宝(-佐渡、4紀伊一ノ瀬、7江戸深川小名木川)。 78.1+58.40~60.202.840~3.240
寛保1741 ○寛永通宝(3大坂高津、5紀伊一ノ瀬、11足尾、-佐渡)。 71.559.60~61.803.240~3.940
 21742 ⑪長崎貿易に半減令を出す。銅の輸出は3分の1(1150万斤)に制限。 65.060.90~64.003.725~4.130
 31743 ○元文元年以来の寛永通宝の増産も、いったん終了。 73.560.60~62.703.876~4.350
延享1744 59.4~75.560.80~62.454.030~4.330
 21745 ⑪[9代将軍]家重 77.561.20~62.704.170~4.190
 31746 73.161.90~64.204.420~4.710
 41747 71.563.30~69.104.765~5.085
寛延1748 67.0~68.060.30~66.004.225~4.930
 21749 62.0~63.0*58.90~61.804.235~4.560
 31750 60.3*57.70~60.804.170~4.540
1 8 世 紀 後 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
宝暦1751 ○田沼意次、側用申次となる。(1767.7 側用人) 55.2*58.40~61.154.310~4.480
 21752 ○肥後藩、細川重賢の宝暦の改革始まる。 42.2*59.10~60.354.360~4.490
 31753 38.0~41.4*59.10~60.604.290~4.465
 41754 57.558.85~60.204.170~4.385
 51755 93.558.85~61.903.880~4.370
 61756 ○人口調査 2606万人。 75.260.90~62.453.945~4.275
 71757 64.760.85~62.354.185~4.310
 81758 68.560.00~61.904.250~4.380
 91759 ○幕府。藩札の新規発行を禁止。諸藩では、商品切手・預り切手・為替切手などの名目で発行。 55.860.30~62.354.340~4.460
101760 ⑨[10代将軍]家治 52.061.70~65.704.135~4.420
111761 ⑥佐渡で通用していた「佐渡印銀」を廃止する。 50.5~53.461.30~63.354.025~4.260
121762 71.758.80~63.603.986~4.170
131763 57.0~63.461.80~64.154.030~4.145
明和1764 56.561.85~63.604.010~4.080
 21765 ⑧勘定吟味役の川井久敬の建策により、「明和五匁銀」を発行。初の定量銀貨。12枚で1両に通用させようとしたが、当時1両は銀63匁前後だったため、商人に嫌われた。(川井はこの後、寛永通宝4文銭や南鐐二朱銀を考案した)
○寛永通宝(9江戸亀戸、-甲斐飯田)。これまで銭の発行を商人に請け負わせていたのを、金座・銀座管轄に改定。
②[勘定吟味役]川井久敬 64.962.90~64.053.960~4.114
 31766 61.862.75~64.704.010~4.060
 41767 ○寛永通宝(4長崎、9伏見、11江戸亀戸)。 71.0~73.063.00~64.254.050~4.155
 51768 ⑤4文銭の寛永通宝(江戸深川千田新田)を発行。好評で迎えられ、ものの値段に4の倍数が多くなる。
○寛永通宝(-常陸太田、12仙台石ノ巻)。大量に発行された鉄銭が江戸に流入し、銭相場下落。
76.263.10~64.354.130~4.430
 61769 ○寛永通宝の当四銭の裏の21波を11波に変更。 71.5~78.262.30~64.654.410~5.014
(大量の鉄銭で相場下落)
 71770 69.064.05~68.004.840~5.740
 81771 ○寛永通宝(2佐渡)。 ②[勘定奉行]川井久敬(~1775.10)。 62.566.55~69.305.245~5.500
安永1772 ⑧明和五匁銀を停止。
⑨「南鐐二朱銀」を発行(銀座で発行した金貨単位の貨幣)。田沼意次が金銀両本位制を金本位制度に変え、江戸と大坂間の相場差解消をねらったもの。最初は不評だったが、携帯に便利なことから、次第に普及。
①[老中]田沼意次(~1786.8) 55.0~60.066.30~73.705.200~5.740
 21773 50.0~58.062.00~67.555.050~5.570
 31774 ④寛永通宝(常陸太田)。 48.0~56.059.70~64.205.140~5.780
 41775 50.0~60.056.60~63.955.192~5.420
 51776 53.0~65.057.75~62.255.110~5.580
 61777 55.0~67.058.40~60.155.550~5.852
 71778 51.0~61.059.75~62.855.700~6.060
 81779 44.0~54.060.05~62.955.940~6.280
 91780 43.0~49.056.90~61.705.925~6.304
天明1781 ○寛永通宝(-佐渡)。 ○芳川維竪、『和漢泉彙』を著す。 50.0~57.057.10~60.156.280~6.520
 21782 60.0~75.158.50~60.355.500~6.545
 31783 ○天明の大飢饉(~1788)。奥羽で死者数十万人。 76.6~98.0
(天明の飢饉で高騰)
59.10~61.555.280~5.930
 41784 ⑥寛永通宝(仙台石ノ巻)。
○仙台藩、「仙台通宝」を発行。
71.0~115.757.65~60.605.450~6.240
 51785 61.053.85~59.556.080~6.575
 61786 101.549.90~60.455.150~6.550
 71787 ④[11代将軍]家斉
⑥[老中]松平定信(~1793.7)。
○寛政の改革(~1793)。
○米価騰貴し、天明の打ちこわし発生。
○福知山藩主朽木昌綱、『西洋銭譜』を著す。
75.5~81.854.20~59.604.680~6.070
 81788 ④銀相場高騰により、南鐐二朱銀の発行を一時停止し、丁銀を増産する。 66.053.50~57.905.610~5.990
寛政1789 ⑨「棄捐令(きえんれい)」。1784年以前の借金を債務免除とし、それ以降のものは低利返済とする。 56.1~59.854.90~56.755.450~5.914
 21790 53.0~56.055.10~56.605.840~6.020
 31791 75.0~78.056.20~59.755.020~6.014
 41792 84.0~91.4*56.90~59.955.200~5.690
 51793 60.7~62.1*58.85~62.205.045~5.870
 61794 53.8~58.1*59.90~61.305.440~6.014
 71795 ○藤原貞幹、『寛永銭譜』を著す。 74.0~79.057.30~61.756.000~6.660
 81796 73.0~74.060.10~62.105.620~6.160
 91797 60.5~61.8*60.15~62.256.080~6.404
101798 ○諸藩の米札の発行を禁止。 ○福知山藩主朽木昌綱、『和漢古今泉貨鑑』を著す。 58.8~59.5*60.80~63.356.276~6.465
111799 61.5~65.2*64.20~65.706.230~6.614
121800 ○南鐐二朱銀(寛政型)の再発行。 68.5~73.0*61.40~65.106.230~6.630
1 9 世 紀 前 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
享和1801 67.6~69.457.90~63.006.670~6.330
 21802 ○十返舎一九、『道中膝栗毛』初編発刊。 62.0~65.062.45~64.006.510~6.704
 31803 56.0~64.063.25~64.256.650~6.770
文化1804 56.2~59.5*63.55~64.556.665~6.770
 21805 52.9~54.3*63.65~66.056.650~6.770
 31806 58.1~63.0*64.80~67.756.200~6.755
 41807 67.0~73.0*65.05~67.506.550~6.670
 51808 71.3~72.2*65.00~67.406.565~6.740
 61809 58.0~58.8*57.90~66.756.680~6.825
 71810 57.6~59.260.50~64.806.805~6.904
 81811 59.1~62.6*62.90~64.656.735~6.985
 91812 57.0~60.663.10~64.906.850~7.004
101813 71.6~76.563.90~66.406.200~7.020
111814 67.3~71.163.70~66.006.620~6.855
121815 ○鴻池の番頭の草間伊助、『三貨図彙』を著す。(1825?) 61.564.50~66.006.350~6.820
131816 71.3~75.565.10~66.356.750~6.870
141817 57.3~64.1*64.10~65.856.780~6.870
文政1818 ④文政真文二分金を発行。 54.560.45~65.056.780~6.870
 21819 ⑦文政金(小判・一分金)。文政金銀の改鋳は、将軍の浪費などに対応するためのもので、これまでと違って五月雨式に実施された。 50.0~51.552.70~62.756.750~6.905
 31820 ⑤文政銀を発行。 56.6~62.554.65~63.206.710~6.800
 41821 ⑪寛永通宝当四銭(江戸深川千田新田)(~1825)。 47.5-60.10~65.606.555~6.820
 51822 57.2~61.0-61.90~64.106.565~6.765
 61823 ○近藤守重、『金銀図録』を著す。(1810?) 61.6~63.8-63.50~66.406.470~6.705
 71824 ④文政一朱金(品位120の金貨)、②文政二朱銀を発行。 59.2~60.5*60.40~66.306.520~6.720
 81825 ②異国船打払令。この頃、海防費に出費大。 73.3~76.0-63.90~65.906.535~6.650
 91826 64.30~65.206.535~6.635
101827 ④名古屋の一豊舎其町、『符合泉志(初編)』を著す。(二編は1828.4、三編は1829.3) 54.6~55.8-63.50~65.106.530~6.605
111828 ⑪文政草文二分金を発行。 ⑪[老中]水野忠邦(~1843❾)
○鹿児島藩の調所広郷、500万両の借金を踏み倒す。
80.3~87.8-63.70~64.706.535~6.600
121829 ⑥文政一朱銀。 63.40~65.656.400~6.600
天保1830 68.5~87.2-63.80~65.306.500~6.600
 21831 86.6~73.661.70~64.106.535~6.600
 31832 ⑨天保二朱金を発行。 ○天保の大飢饉(~1836)。 71.2~74.8*61.50~63.306.620~6.535
 41833 84.5~119.162.10~63.106.420~6.620
 51834 ○天保の改革(~1843) 78.2~130.061.80~64.506.535~6.620
 61835 ⑥金座改め役後藤三右衛門の建策により、「天保通宝」を発行。後藤三右衛門はこれにより多くの利益を得、水野忠邦に多額の献金。
⑫寛永通宝(江戸深川)。
71.0~92.761.60~63.506.570~6.680
 71836 152.5~158.5
(天保の飢饉で高騰)
58.90~63.405.850~6.735
 81837 ⑧天保金(五両判、小判・一分金)、⑪天保銀、⑩天保一分銀を発行。 ⑨[12代将軍]家慶
②大塩平八郎の乱。
91.9~25856.70~64.405.850~6.735
 91838 ⑥天保大判。
○寛永通宝(-仙台石ノ巻)。
117.5~12957.90~62.906.650~6.735
101839 66.7~96.558.70~62.106.735~6.900
111840 57.8~74.8*61.40~63.606.850~6.980
121841 ○天保通宝の鋳造一時中止。 ⑫江戸の十組問屋を解散させる(株仲間の解散)。 71.2~73.6*62.20~63.306.965~7.015
131842 63.9~65.9*62.60~65.506.665~6.995
141843 ○「棄捐令」。借金を無利子年賦返済とする。
❾水野忠邦失脚。
74.0~75.8*64.30~65.90
弘化1844 ○寛永通宝(-水戸)。 72.0~73.3*64.10~66.10
 21845 84.5~86.0*63.97~65.50
 31846 ○金座改め役の後藤三右衛門、水野忠邦への賄賂が発覚し死罪。 78.2~79.3*63.90~65.22
 41847 ○天保通宝の鋳造再開。 79.6~81.3*63.59~64.85
嘉永1848 86.3~87.8*63.12~64.40
 21849 95.0~98.1*63.90~64.10
 31850 130.0~146.9*62.10~62.30
1 9 世 紀 後 半米 価
(銀匁/石)
銀相場
(匁/両)
銭相場
(貫文/両)
 41851 75.5~77.0*
 51852 80.3~83.3*63.00~64.706.264
 61853 ⑫嘉永一朱銀。 ⑩[13代将軍]家定
⑥ペリーが浦賀に来航。
102.0~107.1*60.70~69.506.248~6.300
安政1854 ○安政一朱銀。⑪寛永通宝(武蔵小菅)。 ③日米和親条約(神奈川条約)締結。 76.7~80.4*65.40~67.206.248
 21855 69.1~75.9*67.60~72.006.564
 31856 ⑥安政二分金。 ⑧ハリス、アメリカ駐日総領事として着任。 76.8~79.7-58.40~70.10
 41857 ⑤箱館奉行所の請願により、「箱館通宝」を発行。 ⑧幕府、オランダより咸臨丸を10万両で購入。 97.2~104.4-70.60~70.806.664
 51858 ⑩[14代将軍]家茂
④[大老]井伊直弼(~1860.3)
⑥日米修好通商条約が結ばれる。
125.9~128.9-70.50~70.706.680~6.732
 61859 ⑤箱館・神奈川・長崎で外国との通商が始まり、小判が大量に流出。
⑤安政金(小判・一分金)、⑫安政銀、⑧安政一分銀を発行。
⑤安政二朱銀(バカ二朱)発行。小判の海外流出を止めるために作ったものだが、諸外国の抗議があり、通用わずか22日間。
⑫メキシコドルに「改三分定」の刻印をして発行。翌年⑤、半年で中止。
○寛永通宝当四銭(-江戸深川千田新田)
○上州渋川地方で、鉛の切手銭を発行。
114.5~116.8-68.50~74.506.732~6.780
万延1860 ③万延大判(金25両と定める)、④万延金(小判・二分金・一分金・二朱金)を発行。諸外国との通貨問題を解決するため、金銀比価を国際水準にあわせた。また、金貨を増分(ましぶ)運用とし、天保金1両=万延金3.375両、安政金1両=万延金2.875両とする。
⑫寛永通宝、初めて鉄の四文銭を発行(江戸深川千田新田)。
①寛永通宝(仙台石ノ巻)。
③桜田門外の変。 122.7~172.772.30~72.506.548
文久1861 128.4~143.5*73.606.680
 21862 ③寛永通宝(佐渡)。
○薩摩藩が「琉球通宝」、秋田藩が「鍔銭」・「波銭」を発行。この頃、各地の雄藩が独自の貨幣を発行。
158.5~177.5*79.40~80.306.700~6.774
 31863 ②「文久永宝」を発行。金座は天保通宝の、銀座は精鉄当四銭の製造を中断してこれに当たる。
○仙台藩が、2朱通用の「小槌銀」を発行。
①将軍上洛で多大の出費。 165.3~171.8*68.70~90.106.632~6.780
元治1864 ○仙台藩が、「細倉当百」を発行。 218.6~246.0*78.57~91.006.716
6.532四文銭
慶応1865 398~444*90.50~90.60
 21866 ○諸藩が寛永通宝鉄当四銭を発行(-仙台藩、5盛岡藩、-会津藩、-津藩、-広島藩)。
○水戸藩が、「虎銭」を発行。(1864?)
○金沢藩が、「加能越通用銭」を試作。
⑫[15代将軍]慶喜 1160~1447*96.60~99.30
 31867 ○寛永通宝鉄当四銭(-水戸藩)。
○幕府、「江戸横浜通用金札」、「江戸関八州金札」、「兵庫開港金札」を発行。
⑫王政復古。 608~705*80.10~99.708.164~8.432
明治1868 ④官軍が江戸の金座・銀座を接収。
❹新政府、「貨幣司」を設け、二分金、一分銀、一朱銀を発行。
⑤銀目建の廃止。丁銀・豆板銀を通用停止し、他の貨幣と交換させる(~明治7⑨)。
⑤明治政府「太政官札」を発行。
○盛岡藩、「八匁銀判」などを発行。
3.244~5.866両①187.2~187.4
⑤219.5~219.75
⑤秤量銀貨通用停止
8,000~12,400
 21869 ②金座・銀座を廃止する。
⑦金1両=銭10貫文と定める。
⑨「民部省札」を発行。
○寛永通宝鉄当四銭(-盛岡藩、-水戸藩)。
○東京・大阪などに為替会社が設立され、独自の札を発行する。
○明治二分金と太政官札のにせがねが、広島藩、福岡藩、会津藩などで多く作られる。
⑧官吏の俸給を改正する。一等官は年1200石、二等官は1000石、・・・
9.066~10.335両9,000~12,732
⑦公定 10.000
 31870 ○この年まで、各地で、天保通宝、寛永通宝鉄四文銭、藩札が発行され続けられる。
⑪円・銭単位の新貨幣を発行開始。
⑩岩崎弥太郎、九十九(つくも)商会を設立。 7.685~10.748両10,460~10,528
 41871 ⑤「新貨幣条例」布告。
⑫寛永通宝・文久永宝・天保通宝の新貨幣との交換割合を定める。(明治7⑨最終布告)
 51872 ④藩札を新紙幣と交換開始。
 71874 ⑨小判などの金貨・銀貨を通用停止し、新貨幣との交換割合を布告。
121879 ⑦藩札の交換終了。総額2291万円。
211888 ⑫小判などの金貨・銀貨の新貨幣との交換を終了。(国庫に対する公納は明治32⑧まで)。
291896 ⑫天保通宝の通用停止。
301897 ⑨寛永通宝(鉄銭)の通用停止。
昭和
28
1953 ⑫寛永通宝(銅銭)の通用停止。江戸時代の全ての貨幣が通用停止となる。


参考文献 : 
  (1)村山直・高橋正彦監修、「日本史資料総覧」、東京書籍、1986
  (2)「日本の貨幣-収集の手引き-」、日本貨幣商協同組合、1998
  (3)児玉幸多編、「日本史年表・地図」、吉川弘文館、1995
  (4)「山川日本史総合図録」、山川出版社、1985
  (5)土肥鑑高、「近世物価政策の展開」、雄山閣、1987
  (6)新体系日本史12「流通経済史」、山川出版社、2002
  (7)「明治大正国勢総覧」、1975
  (8)「日本貨幣カタログ」、日本貨幣商協同組合

 ・米価・銀相場・銭相場は、慶応3年までは(1)、明治1~3年は(7)による。
2007.4.4  2007.10.24 update