太政官札の手変り

太政官札 金1両 A 
134×44mm
太政官札 金1両 B 
129×42mm
太政官札は、慶応4年に福井藩の三岡八郎が提案した、新政府の紙幣。
中央政府が発行した全国的な紙幣としては、日本初の試み。
それだけに、威信が保てられ、偽造されにくいものが求められた。
まず、用紙には越前和紙の特産地の「紙すき村五か村」に、強靱な紙の製造を依頼し、その製造方法は国家機密とされた。
製版には、当時の最新技術の銅版印刷を採用し、京都の玄々堂に依頼した。
発行したのは、金10両、5両、1両、1分、1朱の6種類。 発行総額は4900万両というから、すべての額面が同じ枚数で発行されたとすると、平均300万枚ということになる。

ところで当時は、銅版をそのままコピーする技術がなく、玄々堂では10か月かけて317枚の版を作って対応した。 とすると、版ごとに微妙な差異が出現するのは致し方ない。
上の画像の2枚の金1両札、素人目にも差異が認められる。 顕著なのは右の三カ所である。
まずは、表面の唐草模様。 子細に見ると似て非なる模様である。
次に、裏面の「戊辰」の文字。 どちらも達筆だが、筆跡鑑定すると別人のように思える。
最後に裏面の「元締」の朱印。 太さも違うし、書体も違う。


     

寛永通宝などは、マニアによって詳細に手変りが研究されており、最近では10円玉の手変りまで研究されている。 しかし、太政官札については寡聞にして知らない。
太政官札には当時多くの偽札があったことで有名である。 広島藩や福岡藩の藩ぐるみでの偽札作りもあった。 上の札の一方か両方とも、偽札の可能性もあるが、残念ながらわからない。


【参考文献】 『日本紙幣収集事典』、原点社、平成17

 2017.5.6