インド-ササンのコイン

(Indo-Sassanian Coins)

  
インド-ササンの銀貨 10~13世紀 4.2g 15.1mm 厚さ3.5mm

3世紀ササン朝のドラクマ銀貨
表:国王胸像。 裏:拝火壇と二人の神官。
25.3mm 厚さ1.3mm 3.7g


 ササン朝ペルシャは3~7世紀に栄えた国です。
 東ローマ帝国と常に争いながらも独自の文化と宗教を持っていました。
 商業も発達し、ササン朝が発行する銀貨は、西アジア、中央アジアの基準通貨となっていました。

5世紀後半の西アジア
ササン朝ペルシャ⇒エフタル⇒クジャラート地方
画像は吉川弘文館の「世界史地図」を利用しました。
 5世紀ころ、中央アジアの遊牧民族エフタルがササン朝ペルシャに侵攻し、ササン朝のコインを模倣したコインを発行しました。
 エフタルはその後、インド北西部のクジャラート(Gujarat)地方に侵攻し、そのコインをもたらしました。
 エフタルが去った後も、この地方の為政者はこの銀貨を踏襲する銀貨を発行し続けました。 インド-ササンのコイン(Indo-Sassanian Coin)と呼ばれています。

 当初はササン朝のコインに似ていたのですが、デザインはだんだん抽象化し、小さくて厚みのある豆粒のようなコインになりました。 江戸時代の豆板銀に似通っていますが、大きさはすべて同じに統一されているようです。
 表面の皇帝の胸像は、お地蔵さんのようなマークとその周囲に点と線だけになり、裏面の拝火壇は完全になくなり、点と線の幾何模様になっています。 古代ケルトのコインのデザインに似通っています。
 このコインはその後も普及し、特に10~13世紀にインド西部で栄えたカルキヤ朝(Chalukya)は大量に発行したようで、北インドの各地で発掘されます。
 このコインの発行は、1296年にこの地を征服したデリースルタン朝(Sultanate of Delhi)がこのコインの使用を停止するまで続きました。

 2024.7.14