寛永通宝の「母銭」

  
寛永通宝 寛文8年江戸亀戸銭
通称「正字背文」 通用銭

25.0mm 3.4g
  
同上 母銭
25.7mm 3.6g

 明治までの日本の銭は、円形で四角い穴のあいた銅銭が基本でした。
 まずやや大きめの銭を丁寧に作り、それを表裏2枚の砂型に押しつけて、取り外した跡に銅を流し込んで銭を作ります。 この最初に丁寧に作った銭を母銭といいます。 このような方式は、和同開珎の時代からあったそうですが、それが確立したのは、寛文8年の寛永通宝を大量に製造始めたときだといわれています。 この母銭は役割を終えると、一般の通用銭の中に紛れてしまったでしょうから、沢山の銭の中に母線が紛れ込んでいることがあります。
 通用銭に比べて母銭はかなり希少なもので、マニアの間では、通用銭が100円でも、同じ銭の母銭は1万円以上します。
 では、通用銭の中から母銭を識別するにはどうすればいいでしょうか。 以下はそのヒントです。
    
 左母銭 右通用銭
外径25.7mm 外径25.0mm
内径20.7mm 内径20.4mm

 まず、砂型から通用銭を作ると、銅は鋳縮みしますから、母銭は通用銭より必ず大きいものです。 0.4~0.5ミリ縮むそうですから、母銭の外径は通用銭よりその分だけ大きいです。 また内径(外縁の内部の円の直径)も0.2~0.3ミリ大きいです。 右の図は母銭と通用銭の大きさが比較できるようにした図です。 新寛永クラブが発行した『新寛永通宝』カタログでは、「正字背文」の項で、次の様な数字を記載しています。
   母銭  外径25.2~25.6mm 内径20.7~20.8mm
   通用銭 外径24.6~25.2mm 内径20.2~20.6mm
 外径はノギスなどで測定できますが、内径は測定しにくいです。 スキャナーなどで画像をコンピュータにとりこんで、拡大表示などで測定するのがお勧めです。
 次に、母銭の場合は、内郭がきちっと正方形になるようにヤスリがけがされています。 上の2つの画像で、裏面の内郭を見比べてみてください。 通用銭は四隅に鋳だまりがありドロンとした円形状になっていますが、母銭にはこのようなことはありません。
 以上は、母銭であるための約束事です。 この他にも母銭には次のような特徴があります。
  ○練れた銅質で、鋳肌がきめ細かい。 あいまいな表現ですが、少なくとも鋳肌が荒れている母銭はありません。
  ○文字が繊細で、鋳溜まりが少ない。 すべての文字がくっきりしています。 特に裏面の文字は顕著です。
 銭の重さや色はあまり関係ないようです。

 尚、これまでの話は、古寛永通宝や幕末の密鋳銭についてはあてはまらないことがあります。 その頃は、綺麗にできた通用銭を母銭に再利用していたことがあります。

 2025.5.11