『多甚古村』

(大正13年 大阪毎日新聞社発行の地図より)
  『多甚古村』という井伏鱒二の小説があります。村の駐在さんの日記の形をとっていますが、まったくのフィクションではなく、徳島県沖洲村(現徳島市内)に実在した駐在さんの日記がモデルになっています。

  あるとき、近くの村で、強盗騒ぎがありました。
   (昭和13年)12月25日
  「電報電報」と大声でトノエを起こす者があった。戸を開けると黒装束の賊が出刃を突きつけ「20円貸せ」と云った。
  トノエは初めは驚いたが五十女の図々しさで正気を取り返し、「この不景気に20円もあるもんか、おかどが違いはせぬか。1円50銭くらいならあるけんど」と財布を出し「せっぴ20円いるんなら、信用組合で借りて来ましょうか」と云った。ところが今度は賊の方で驚いて「1円50銭くらいならいらんけにほかで借りる」と賊はそれでも虚勢をはり、悠悠と去り行くと見せかけて、山の中に雲をかすみと逃げて行った。


必需品数量価格1か月あたりの費用
2升(10日分)74銭2円22銭
醤油1升(20日分)40銭60銭
5合(20日分)13銭19銭5厘
砂糖(10日分)50銭1円50銭
味噌100目(5日分)7銭42銭
大根1本(2日分)5銭45銭
1俵(20日分)1円30銭1円95銭
練炭12個(12日分)50銭1円25銭
たどん3個(1日分)1銭30銭
コーヒー(1月分)90銭90銭
めざし(2日分)3銭45銭
バット2個(3日分)16銭1円60銭
電気代90銭90銭
新聞代1円1円
散髪代月に1回30銭30銭
合計14円3銭5厘
  この駐在さんの1か月の家計簿が書かれています。(この駐在さんは独身です)
  (昭和13年)12月31日
  帰って来てから私は私の家計簿を調べ、購入品の消費額と日割りの対照に自分ながら興味を持った。左(⇒右の表)のような入費の割合であった。
  まず、生活必需品です。
  食事の内容に驚きます。米と調味料の他は、大根とめざしだけです。
  タバコ代が大きなウエイトを占めているのにも驚きます。お米代の半分以上です。
  また、南国とはいえ12月ですから、暖房の費用もかさんでいます。
  ここだけから見ると、エンゲル係数はおよそ42%です。

当時の50銭銀貨


必需品以外数量価格
古本「コサック従軍記」 50銭
古本「レ・ミゼラブル」 20銭
牡蠣1回11銭
小魚5回50銭
うどん2回10銭
慰問袋2個1円
管内貧困者への寄付 70銭
菓子7回70銭
靴墨、紙、葉書、インキなど 4円
合計7円81銭
  必需品以外は右の表のとおりでした。
  たばこを嗜む以外は、酒も遊びもやらず、読書と書き物が好きだったようです。
  そして、毎月実家に仕送りをしていたようです。

  私は月43円と手当てをもらい、年末のボーナスをもらうので、実家に毎月15円づつ仕送りをして、母と弟にも小遣をすこし送れるというものだ。

  仕送り金額は、なんと給料の3分の1です。いまどきの若者たちに教えてやりたい話です。

このころの100円札です。駐在さんの2か月分の給料以上です。

2008.12.17