『古代ローマ帝国1万5000キロの旅』

アルベルト・アンジェラ著、関口英子・佐藤奈緒美訳  『古代ローマ帝国1万5000キロの旅』  河出書房新社、2013年2月発行

この本は、ローマ帝国の最盛期、トラヤヌス帝の時代(1~2世紀)の旅行記です。 なんと600ページもある旅行記です。
しかし、旅行したのは人間ではありません。 このころの代表的な通貨のセステルティウス銅貨です。

物語は、この銅貨の誕生から始まります。
■奴隷の一人が、真っ赤に熱せられた硬貨の原型をやっとこでつかみ、こちらに近づいてきたかと思うと、それを円形の鉄床(かなどこ)の上に慎重に寝かせる。適当に置くわけではなく、皇帝の顔が彫られた鋳型のあう中央に正確に置くのだ。上からハンマーで叩くと、この鋳型によって、未来の硬貨の片面に皇帝の顔が押印される。

トラヤヌス帝のセステルティウス黄銅貨
紀元113年発行 25.1g 33.2mm 厚さ3.3mm

この銅貨は、ローマの騎兵小隊によってイギリスのロンドンにまで運ばれます。
しばらく小隊長の財布の中にありましたが、公衆浴場で紛失してしまいます。 そしてワイン商人がそれを拾います。 商人はパリに行きます。
この後、この銅貨の持ち主は転々とします。フランスやスペイン、はるか東のエジプトやオリエント世界にまで行きます。
あるときは、若いエジプト人が娼家で楽しんだ代金として使われました。
■若いエジプト商人はトゥニカを整え、ニケに微笑みかけた。そしてなんとセステルティウス貨を1枚手渡す。彼女の行為に満足したのだ。
またあるときは、国境を越えてインド人の手にもわたりました。
■このインド人はセステルティウス貨に刻まれていたトラヤヌス帝の顔に興味を示し、ユーニウスにローマの「王様」のことを教えてほしいと言っていたからだ。インド人は、プテオリー出身のローマ人に出会った記念の品として、この硬貨を大切にするにちがいない。
物語の最後は、出発地と同じローマです。
ルーフスという水道工事技師が、その師匠の死に面したときです。
■ルーフスはベルトに結ばれた小さな革袋に手を入れ、一枚の硬貨を取り出した。そして、そっと師匠の口の中に入れる。その後、木棺の蓋が閉じられた。
死者の口にコインを入れるというのは、当時の風習でした。

ともあれ、この銅貨はローマ帝国の1万5000キロを旅しました。
その途中、ロンドンやパリの様子、蛮族との戦い、金の採鉱、商業の様子、女性のふるまい、などなどローマ帝国の社会と文化が臨場感をもって語られています。

ローマ 2006年夏


ところで、この本では、セステルティウスの価値を現代の2ユーロ(250円)と評価しています。
■本書では便宜的にトラヤヌス帝時代のセステルティウスを2ユーロと定めているが、これは、現実にかなり近いものだと思われる。
しかし、通常の労働者の1日の労賃が4セステルティウスくらいだったことが知られています。 また、セステルディウスは重さ25gもある堂々とした銅貨です。 250円ではかわいそうです。 この10倍くらいには評価したいところです。

またこの本では、この銅貨を「セステルティウス青銅貨」と書かれていますが、この硬貨は青銅貨(bronze)ではなく、黄銅貨(brass)のはずです。 当時、黄銅は青銅より高価な金属でした。 何かの間違いでしょうか。
2014.2.8 / 2014.10.23