南アジアのコインと文字

現代コインに刻まれている文字は、ヨーロッパではラテン文字やキリル文字、イスラーム世界ではアラビア文字が多いですが、
南アジアではそれぞれの国のコインが、がそれぞれの国の文字で刻まれていることが多いです。
そのようなコインとそこに刻まれている文字を紹介します。
いずれも、味わいと趣のある興味深い文字です。
なお、コインの表と裏の区別は、一部不確かなところがあります。
また、コインの左右は厳密な意味での貨幣の左右ではなく、その面に向かっての左右としています。
(アラビア文字を使用している国は多いため、一部のみを紹介します。)

(1)東南アジアの文字
ベトナム ~ ベトナム語
ベトナムは、戦後フランスより独立しました。 社会主義の北ベトナムと資本主義の南ベトナムに分かれていましたが、ベトナム戦争の末、1976年に北ベトナムが南ベトナムを併合しました。
この国の貨幣単位は、
【Dong(ドン)】─100─【Xu(スー)】
です。
ドンは日本語の「銅」が起源、スーはフランスの貨幣単位Souが起源だと言われています。
この国の言語はベトナム語ですが、独自の文字は育ちませんでした。 漢字を使っていた時代もありますが、現在では17世紀にフランスの宣教師が案出した「クオック・グー」と呼ばれる表記方法が使われています。
右のコインは、2003年に発行された200ドン・ニッケルメッキのスチール貨。
場所文字言語意味
表面外周CỘNG HOÀ XÃ HỘI CHỦ NGHĨA VIỆT NAMベトナム語国名「ベトナム社会主義共和国」
裏面外周NGÂN HÀNG NHÀ NƯỚC VIỆT NAM銀行名「ベトナム国家銀行」
裏面「200」の下ĐÖNG単位「ドン」


ラオス ~ ラーオ語
ラオスは、戦後フランスより独立しました。
この国の貨幣単位は、
【Kip(キープ/キップ)】─100─【Att(アット)】
です。
この国の国語はラーオ語です。
右のコインは、1980年に発行された50アット・アルミニウム貨。
場所文字言語意味
表面外周ສາທາລະນະລັດ ປະຊາທິປະໄຕ ປະຊາຊົນລາວラーオ語国名「ラオス人民民主共和国」
裏面「50」の下ຫ້າສິບ ອັດ額面「50アット」


カンボジア ~ クメール語
カンボジアは、戦後フランスより独立しました。
この国の貨幣単位は、
【Riel(リエル)】─100─【Sen(セン)】
です。 小額単位のセンは、日本の「銭」に由来しているそうです。
この国の国語は、クメール語です。
右のコインは、1959年に発行された10セン・アルミニウム貨。
場所文字言語意味
表面外周上部ព្រះរាជាណាចក្រកម្ពុជាクメール語国名「カンボジア王国」
表面外周下部(調査中)
裏面上部ROYAUME DU CAMBODGEフランス語国名「カンボジア王国」
裏面中央១០ សែនクメール語額面「10セン」
その下10 SEN


タイ ~ タイ語
戦前、アジアの独立国は、日本、中華民国、そしてこのタイの3カ国だけでした。
この国の貨幣単位は、
【Baht(バーツ)】─100─【Satang(サタン)】
です。
この国の国語はタイ語です。
右のコインは、1995年(タイ暦2538年)に発行された5バーツ白銅メッキの銅貨。
場所文字言語意味
表面左ภูมิพลอดุลยเดชタイ語国王名「プミポン・アドゥンヤデート」
  右รัชกาลที่๙国王称号「ラーマ9世」
裏面上左ประเทศไทย国名「タイ」
  上右ฬ.ศ.๒๕๓๘発行年「2538年」
ฬ.ศ.は、ポーソー(Put Sakarat、仏滅紀元)の略。
  下๕ บาท 5額面「5バーツ」


ミャンマー ~ ミャンマー語
この国は、戦後イギリスよりビルマとして独立し、1989年にミャンマーに改称しました。
この国の貨幣単位は、
【Kyat(チャット)】─100─【Pya(ピャー)】
です。
この国の国語は、ミャンマー語です。
右のコインは、1956年(ミャンマー暦1318年)に発行された1チャット白銅貨。
場所文字言語意味
表面上部ပြည်ထောင်စု မြန်မာနိုင်ငံတော်ミャンマー語国名「ミャンマー連邦共和国」
  下部သက္ကရာဇ် ၁၃၁၈ ခုနှစ်ミャンマー暦「1318年」
裏面上部 (縦書きで大きな文字)額面数字「1」
  中央တ ကျပ်額面「1チャット」
  下部၁၉၅၆発行年「1956」


シンガポール ~ 英語、マレー語、中国語、タミル語
この国は、戦後イギリスよりマレーシアとして独立し、1965年にそのマレーシアから独立しました。
この国の貨幣単位は、
【Dollar(ドル)】─100─【Cent(セント)】
です。
この国は、中華系74%、マレー系14%、インド系8%、その他1%の複合民族国家です。
右のコインは、1997年に発行された1ドル・アルミ銅貨。
場所文字言語意味
表面下SINGAPORE英語国名「シンガポール」
  上SINGAPURAマレー語
  右新加坡中国語
  左சிங்கப்பூர்タミル語

タミル語は、インド南部で使われている言語です。

(2)インド周辺の文字
バングラデシュ ~ ベンガル語
バングラデシュは、戦後イギリスよりパキスタンの一部として独立しましたが、1971年にそのパキスタンから独立しました。 独立の最大の原因は、西パキスタンがウルドゥー語だったのに対して、東パキスタンがベンガル語だったためです。
この国の貨幣単位は、
【Taka(タカ)】─100─【Paisa(ポイシャ/パイサ)】
です。
この国の国語は、ベンガル語です。
右のコインは、1974年に発行された25パイサ・スチール貨。
場所文字言語意味
表面最上部বাংলাদেশベンガル語国名「バングラデシュ」
その下১৯৭৪発行年「1974」
表面中央সবার জন্য খাদ্যFAO(国連食糧農業機関)の標語
「すべての人に食糧を」
表面下左পঁচিশ額面「25」
  下中২৫ (大きな文字)額面数字「25」
  下右পয়সা単位「パイサ」

発行年は、○○98のように見えますが、1974です。

インド ~ ヒンディー語、英語
インドは、1948年に英領から独立し、1950年から貨幣を発行しました。
この国の貨幣単位は、当初は
【Rupee(ルピー)】─16─【Anna】─4─【Pice】
でしたが、その後改定され、現在では
【Rupee(ルピー)】─100─【Paise(パイサ)】
です。
この国で最も多く使われているのはヒンディー語です。 しかし、インド人の中でヒンディー語を使う人は41%に過ぎません。 インド全国の共通語は、英語です。  なお、ヒンディー語の文字は、デーヴァナーガリー文字と呼ばれています。 
右のコインは、2000年に発行された2ルピー白銅貨。
場所文字言語意味
表面左上भारतヒンディー語国名「インド」
  左下रुपये貨幣単位「ルピー」
  右上INDIA英語国名「インド」
  右下RUPEES貨幣単位「ルピー」


ネパール ~ ネパール語
1769年にネパール王国が成立しました。
この国の貨幣単位は、
【Rupee(ルピー)】─100─【Paisa(パイサ)】
です。
この国の国語はネパール語です。 ネパール語の文字は、ヒンディー語と同じデーヴァナーガリー文字です。
右のコインは、1999年(ネパール暦2056年)に発行された1ルピー黄銅貨。
場所文字言語意味
表面上部वाघेश्वरीネパール語デザインの寺院名「Vagheshwari」
  下左नेपाल 国名「ネパール」
  下中 (大きな文字)額面数字「1」
  下右रूपैयाँ 貨幣単位「ルピー」
裏面正方形の中श्री ५ वीरेन्द्र वीर बिक्रम शाह देव国王名「ビレンドラ・ビール・ビクラム・シャハ・デーブ」
裏面下部२०५६発行年「2056」


ブータン ~ ゾンカ語
ブータンは、1907年に現王朝のブータン王国が成立し、一時イギリスの保護下に入っていました。
この国の貨幣単位は、
【Ngultrum(ヌルタム)】─100─【Chetrum(チェトラム)】
です。
この国の国語はゾンカ語です。 ゾンカ語の文字は、チベット文字です。
右のコインは、1979年に発行された1ヌルタム白銅貨。
場所文字言語意味
表面外周ROYAL GOVERNMENT OF BHUTAN英語国名
裏面上部དངུལ་ཀྲམ་གནྑགゾンカ語額面「1ヌルタム」
  中央འབྲུག国名「ブータン」
  下部ONE NGULTRUM英語額面「1ヌルタム」


スリランカ ~ シンハラ語、タミル語
スリランカは、1948年に英領からセイロンとして独立し、1972年にスリランカと改称しました。
この国の貨幣単位は、
【Rupee(ルピー)】─100─【Cent(セント)】
です。
この国の国語はシンハラ語とタミル語です。 仏教徒のシンハラ人が75%、ヒンドゥー教徒のタミル人が15%、イスラム教徒のムーア人が9%という複雑な民族構成。
右のコインは、1965年に発行された1ルピー白銅貨。
場所文字言語意味
表面最上部ලංකාシンハラ語国名「ランカ」
  中央රුපියල額面「1ルピー」
  その下ஒரு ரூபாய்タミル語
  その下ONE RUPEE英語
裏面下部 左リボンஇலங்கைタミル語国名「ランカ」
     中リボンලංකාシンハラ語
     右リボンCEYLON英語


モルディブ ~ ディベヒ語
モルディブは、インド洋に浮かぶ小島からなる国です。
この国の貨幣単位は、
【Rufiyaa(ルフィヤ)】─100─【Laari(ラーリ)】
です。
この国の言語はディベヒ語で、使われる文字はターナ文字と呼ばれています。 アラビア文字の影響を受けて、右から左へ書きます。
右のコインは、1982年(イスラム暦1402年)に発行された1ルフィア・白銅メッキのスチール貨。
場所文字言語意味
表面外周REPUBLIC OF MALDIVES英語国名
表面「1」の下ރުފިޔާディベヒ語単位「ルフィヤ」
さらにその下RUFIYAA英語
裏面上部1982 ١٤٠٢アラビア文字発行年、西暦とイスラム暦「1402」
裏面最下部ދިވެހިރާއްޖެディベヒ語国名「ディベヒ」


(3)西アジア周辺の文字
パキスタン ~ ウルドゥー語
この国は、戦後イギリスより独立しました。
この国の貨幣単位は、
【Rupee(ルピー)】─100─【Paisa(パイサ)】
です。
この国の国語はウルドゥー語です。 ウルドゥー語の文字は、アラビア文字です。
右のコインは、1996年に発行された25パイサ白銅貨。
場所文字言語意味
表面上部حکومتِ پاکستانウルドゥー語国名「パキスタン政府」
裏面「25」の下پیسہ単位「パイサ」


イスラエル ~ ヘブライ語
イスラエルが建国されたのは、1948年のことです。 翌年から貨幣を発行し始め、そのときの貨幣単位は、
【Lirah[Lirot](リラ)】─1000─【Pruta[Prutah](プルタ)】  ([ ]内は複数形)
でしたが、その後度重なる中東戦争などでインフレが進行し、何度かデノミが行われ、現在では
【NewSheqel[Sheqalim](新シェケル)】─100─【Agorah[Agoraot](アゴラ)】
となっています。
この国の国語はヘブライ語ですが、アラビア語を話す人たちも多くいます。 ヘブライ語もアラビア語同様、右から左へ書きます。
右のコインは、1978年(ユダヤ暦5738年)に発行された25アゴラ・アルミ銅貨。
場所文字言語意味
表面下部ישראלヘブライ語国名「イスラエル」
表面左部إسرائيلアラビア語
裏面「25」の下אגורותヘブライ語貨幣単位「アゴラ」
裏面最下部תשלײח発行年「(5)738」

発行年の数字は、右から400,300,30,8の文字を並べたもので、合計して738になります。 先頭の5は省略しています。

アルメニア ~ アルメニア語
アルメニアは、1991年にソ連より独立しました。
この国の貨幣単位は、
【Dram(ドラム)】─50─【Luma(ルーマ)】
です。
この国の国語はアルメニア語です。
場所文字言語意味
表面ՀԱՅԱՍՏՆアルメニア語国名「ハヤスタン」
裏面「20」の下ԼՈՒՄԱ貨幣単位「ルーマ」


ジョージア ~ グルジア語
ジョージアは、1991年にソ連より独立しました。 独立当初はグルジアという国名でした。
この国の貨幣単位は、
【Lari(ラーリ)】─100─【Tetri(テトリ)】
です。
この国の国語はグルジア語です。
右のコインは、1993年に発行された1テトリ・ステンレススチール貨。
場所文字言語意味
表面上部საქართველოს რესპუბლიკაグルジア語国名「サカルトヴェロ共和国」
表面下部REPUBLIC OF GEORGIA英語国名
裏面「1」の下თეთრიグルジア語貨幣単位「テトリ」


キプロス ~ ギリシャ語、トルコ語
キプロスは、1960年にイギリスより独立しました。 ギリシャ系とトルコ系が7:3の民族構成でしたが、1974年に北部のトルコ系国民が分離独立し、現在では事実上分離状態となっています。
この国の貨幣単位は、独立当初は
【Pound(ポンド)】─100─【Cent(セント)】
でしたが、2008年にEUに加盟し、
【Euro(ユーロ)】─100─【Cent(セント】
となっています。 地域的にはアジアですが、現在ではヨーロッパの一員です。
右のコインは、1998年に発行された5セント白銅貨。
場所文字言語意味
表面左CYPRUS英語国名「キプロス」
  上ΚΥΠΡΟΣギリシャ語
  右KIBRISトルコ語


トルコ ~ トルコ語
トルコの貨幣単位は、
【Lira(リラ)】─100─【Kurus(クルス)】
ですが、クルスは殆ど使われていません。
右のコインは、1999年に発行された10万リラ黄銅貨。
非常に高額のように見えますが、この国は数十年間、毎年物価が50%くらい上がるインフレーションが続きました。
ついに、2005年に「1新リラ=100万旧リラ」のデノミネーションを行いました。
したがって、右のコインは0.1新リラ、ということになります。
表の肖像は、建国の父ケマル・アタチュルク(ケマル・パシャ)です。
場所文字言語意味
表面MUSTAFA KEMAL ATATÜRKトルコ語肖像名「ムスタファ・ケマル・アタチュルク」
裏面上TÜRKİYE CUMHURİYETİ国名「トルコ共和国」
裏面下LİRA貨幣単位「リラ」

トルコではアラビア文字を使っていましたが、1928年、欧化政策を進めるケマル・パシャによって、現在のラテン文字表記に変わりました。
トルコ文字の「アイ」は「Iı」「İi」の二つあります。英語の Ii に近いのは「İi」の方です。

エチオピア ~ アムハラ語
エチオピアは、アフリカの中で長い間独立を保っていた希有な国です。 使用している文字も特徴的で、アジア諸国の文字と似通っているところがあります。
この国の貨幣単位は、
【Birr(ブル)】─100─【Santim(サンティーム)】
です。
この国の国語はアムハラ語です。
右のコインは、1977年(エチオピア暦1969年)に発行された10サンティーム青銅貨。
場所文字言語意味
表面最上部ኢትዮጵያアムハラ語国名「エチオピア」
表面最下部፲ ፱ ፻ ፷ ፱発行年「1969」
裏面最下部አስር ሳንዲም額面「10サンティーム」

発行年の数字は、左から10,9,100,60,9の数字です。 これは(10+9)*100+60+9を意味し、1969となります。 なお、エチオピア暦は、西暦と7年8か月ずれています。





動物の顔のような文字、木の葉のような文字、速記文字のような文字、地図記号のような文字、シャーロック・ホームズの踊る人形のような文字、日本人からみれば、皆な味わいのある文字ばかりです。
北アフリカのモロッコでは、国名をベルベル語で書くと、ⵜⴰⴳⵍⴷⵉⵜ ⵏ ⵍⵎⵖⵔⵉⴱ となるそうです。 しかし、残念ながらモロッコのコインにこの文字は刻まれていません。
ふと、考えます。 この国の人たちは、日本の漢字、カタカナ、ひらがなの文章を見て、どう感じるのでしょうか。





 2019.2.4(初版) 3.5(改訂)