[ヴィジュアル版]『貨幣の歴史』

   
[ヴィジュアル版]『貨幣の歴史』
デイヴィッド・オレル著 角敦子訳、原書房、2021

 タイトルの通り、世界の貨幣の歴史を解説した本です。 副タイトルのとおり、画像が多い本です。 
 貨幣に興味がある中学生や高校生用の本、かと思いきや、経済学を志す学生の副読本に最適かと思います。

 筆者の主張の骨子は、「貨幣の形式は太古より変遷しているが、それらは自然発生したのではなく、人類が工夫して編み出したものである」、ということです。

 そして、様々な貨幣形態の発生について例証していますが、その中で興味をひいた話として、人為的に価値がだんだん下がる貨幣の話があります。 この貨幣は「地域通貨」とか「自由貨幣」と呼ばれています。
 そのような貨幣の話を紹介します(若干別な資料による情報も含みます)。
 
13~14世紀のブラクテアート
左上ザルツブルク、右上レーゲンスブルク
左下アウグスブルク 右下ウイーン
15~20ミリ、0.6グラムくらい
(画像はしらかわ所蔵)


 最初の例は、12~13世紀ドイツや北欧で発行されていた「ブラクテアート」と呼ばれる貨幣です。 片面打刻の小さな薄い銀貨なので、表面の凸凹がそのまま裏面の凹凸になっていました。
 この銀貨を発行している領主は、1年に2回デザインを変えます。 そのとき古い銀貨4枚を新しい銀貨3枚と交換するのです。 古い銀貨は価値が下がるので、蓄財してもあまり意味がありません。 できるだけ使ってしまう。 インフレにはなりにくい。 領主様は、1年で50%近い利益が出る。 使用できる範囲はその領主様の領地内だけなので、他に不都合はおきない。

 
オーストリアのヴェルグルの1シリング紙幣 1932年
1グロッシェンのスタンプを毎月貼らなければ使えない
(画像はこの本に掲載のもの)

 近代になって、この考え方の貨幣は、19世紀のドイツの実業家シルビオ・グゼルが、インフレにもデフレにもなりにくい貨幣として理論づけました。
 そして、1932年の大恐慌時にオーストリアの小さな町ヴェルグルで実践されました。 ここで発行された紙幣には毎月、額面の1%のスタンプを貼らなければ使用できないのです。 右の1シリング紙幣には、その1%の1グロッシェンのスタンプが数ヶ月分貼られています。 早く使った方がいい、インフレになりにくい。 

 筆者は、いろいろな形式の貨幣の例を説明をし、最後のまとめで、「貨幣は、物々交換⇒金⇒金属硬貨⇒紙幣⇒プラスチックの貨幣⇒電子マネー⇒暗号通貨、と進化しているが、これらは偶然出現したのではなく、計画された社会的技術の一種と見るのが適切だ」、としています。 以下の説明がなかなか面白いです(ほぼ原文のまま)。
 ■そして、その普及のための労力の担い手は、
   古代シュメールで支払いを強いる寺院の官僚
   古代ギリシャ・ローマで奴隷に金を掘らせた軍隊
   中世ヨーロッパで臣民に債務を負担させた王
   20世紀に巨大な軍事力にものをいわせて世界の基軸通貨の後ろ盾になったアメリカ
   21世紀にエネルギーを大量消費するビットコインの採掘者
  などなどであった。

 筆者は貨幣学者(Numismatist)ではなく、経済学者(Economist)かと思いきや、なんと数学者(Mathematician)です。

 2023.3.9