神聖ローマ帝国の貨幣制度

(吉川弘文館「世界史地図」を利用しました)

  『神聖ローマ帝国』(ラテン語:Sacrum Romanum Imperium, ドイツ語:Heiliges Romisches Reich)は、中世以来ドイツにあった国です。
  諸侯の連合国家で、皇帝の権力は決して強いものではありませんでした。
  10世紀に貨幣経済が復活したときから、諸侯がそれぞれ独自の貨幣制度を持っていました。
  当初は、ローマ帝国の制度に見習い、「ペーニッヒ(Pfennig)」を基準とするものでした。 ペーニッヒは、ローマ帝国のデナリウス(Denarius)に相当するもので、イギリスではペニー(Penny)と呼ばれていたものです。
  その後、14世紀に「グルデン(Gulden)」、16世紀に「ターレル(Thaler)」などのドイツ特有の単位も出てきました。
  1648年、「三十年戦争」終結の「ウエストファリア条約」で、300諸侯の独立主権が正式に認められ、貨幣制度の”独立性”はますます盛んになりました。

オーストリー帝国 チロル 1ターラー銀貨
1616年
28.3g 41.1mm

国(都市)単 位
①Bayern(Bavaria) 【PfundPfennig】─8─┬─【Schilling】─┬─4─【Groschen】─3─【Regensburger】
   【Gulden】─7─┘         └─30─【SchwartzePfennig】─2─【Heller】
②Berlin                   【Dutgen】─6─┐
【ReichsThaler】─6─【Marck】─5─【Stempel】─3─┴─【Schilling】─2─【Witt】
プロシャ 1/6ターラー銀貨
1765年
フリードリッヒ2世
5.4g 25.2mm
③Braunschweig/Hannover 【HannovarianThaler】─36─【MarienGroshen】─8─【Pfennig】
④Bremen 【BremenThaler】─2─【BremischeMarck】─3─【KopffStÜck】─12─【Grot】─5─【Schwaren】
⑤Cölln(Köln/Cologne) 【CölllnisherTahler】─150─┐
 【BergisherTahler】─133─┤
   【ReichsTahler】─100─┴─【Albus】─2─【Schilling】─6─【Heller】
⑥Franken(Franconia) 【ReichsTahler】─20─【Groschen/Schilling】─12─┐
       【Gulden】─15─┬─【Batzen】─16─┴─【Pfennig】
      【Kopfstück】─4─┘
⑦Franckfurt am Main 【ReichsThaler】─30─┬─【Schilling】─3─【Kreitzer】─4─【Pfennig】
【ReichsGulden】─20─┘
⑧Hamburg , Lübeck 【PfundFlämmisch】─2.5─【ReichsThaler】─┬─3─【MarckLübisch】
                      ├─8─【SchillingFlämmisch】─12─【GrotFlämmisch】
                      └─48─【SchillingLübisch】─12─【PfennigLübisch】
⑨Lüneburg 【ReichsThaler】─┬─36─【MarienGroschen】─8─┬─【Pfennig】
         └─64─┬─【Schiilng】─4.5─┘
 【LüneburgGulden】─48─┘
リューネベルグ 6マリエングロッシェン劣位銀貨
1675年
3.7g 26.6mm
⑩Sachsen/Meißen
(Saxon)
【ReichsThaler】─24─【guteGroschen】─12─【gutePfennig】
ザクセン公国 1グロッシェン銀貨
1623年
1.8g 22.5mm
ザクセン・ゴータ・アルテンブルク公国 1/2ターレル銀貨
1764年
13.9g 34.0mm
⑪Schlesien with Breslau   【ReichsThaler】─30─┐    【WeißGröschel】─2─┐
【SchlechterThaler】─24─┼─【KayserGroshcen】─┬─3─┴─【Schilling】
【GuldenSchlesisch】─20─┘           └─4─【Gröschel】
⑫Straßburg 【ReichsThaler】─15─【StraßburgerSchlling】─12─┬─【StraßburgerPfennig】─2─【StraßburgerHellre】
【ReichscherGulden】─60─【ReinischeKreuzer】─2─┘
⑬Ulm 【ReichsThaler】─30─┬─【Groschen/Schilling】─6─【Pfennig】─2─【Heller】
 【Gulden】─┬─20─┘
       └─15─【Batzen】
⑭Wien(Vienna) 【WienerGulden】─┬─20─【KaiserGroschen】─3─【Kreuzer】─4─┬─【Pfennig】
         └──8──【Schilling】 ───30───────┘
オーストリー 6クロイツェル銀貨
1676年
レオポルド1世
3.0g 25.3mm
オーストリー 3プフェーニッヒ銀貨
1697年
0.7g 16.2mm

650 JAHRE GOLDENE BULLE
KAROLUS QUARTUS
DIVINA EAVENTE
CLEMENCIA
ROMANORUM
IMPERATOR
SEMPER
AUGUSTUSET
BOEMIAE REX
DEUTSCHLAND
  永らく形骸化されていた「神聖ローマ帝国」は、1806年にナポレオンにより解体されました。
  1871年12月4日、プロシャによるドイツ統一に先立って、ドイツ統一の「貨幣法」が定められ、
    【Mark】─100─【Pfennig】
のシンプルな体系に改められました。 このとき、それまでの貨幣との交換レートは次のとおりでした。
   10 Mark (新しいマルク)
    = 3.5000(3+1/2) ConventionsThaler
    = 5.8333(5+5/6) Gulden (南ドイツ貨幣同盟)
    = 8.3333(8+1/3) Mark (リューベック、ハンブルグ)
    = 3.0108(3+1/93) BremenThaler (ブレーメン) 3.3214(3+9/28)?


  たくさんある「ターレル」
  中世ヨーロッパの国際取引でよく使われていた重さの単位に「Mark(マルク)」があります。1マルク=233.856グラムです。
  1566年、大型銀貨の重さを1/9マルクと規定し、それを「ReichsThaler(帝国ターレル)」と呼びました。
  これとは別に、帳簿上の単位としては、その4/3の重さの「SpeciesThaler(正式ターレル?)」を使いました。
  貨幣の単位と、取引の単位が異なるのです。 ロンドンの造幣局長官だったニュートンも、この紛らわしさには閉口したそうです。
  さらに1753年、南ドイツを中心に1/10マルクの「ConventionsThaler(同盟ターレル)」が出現し、同じころプロシャでは、1/14マルクの「PrussianTahler(プロシャターレル)」を制定しました。
  これらの他にも、ドイツ全国では10種類以上の「ターレル」がありましたが、1857年、1/20マルクの「VereinsTahler(統一ターレル)」に”統一”され、さらにその後、統一ドイツの「Mark(マルク)」に置き換わりました。


参考文献 :
    The Marteau Early 18th-Century Currency Converter

   貨幣(通貨)の単位    ターレル ⇒ ドル ⇒ 円
2006.2.11