【第一尚氏】 尚思紹─①尚巴志(1421-43)┬②尚忠(1444-45)─③尚思達[君日王](1445-50) ├④尚金福[君志王](1450-54) └⑤尚泰久[大世王](1454-61)-⑥尚徳[世高王](1461-69) |
大世通宝 4.4g 23.5mm 初代王の尚巴志の子、尚泰久が発行したものです。 明が明国人の海外通商を禁止したのを契機に、東アジアの中継貿易の振興に力をそそぎました。 明の絹織物・陶磁器、日本の刀剣、東南アジアの香辛料・染料などが主な貿易品でした。 「大世通宝」は、明の「永楽通宝」の「永楽」を「大世」の変えたものです。「通宝」の手馴れた文字に比べ、「大世」の素朴な文字が対照的です。 |
世高通宝 3.3g 23.0mm 尚泰久の子、尚徳が発行したものです。 このころ、王室の後継者争いや有力者の内乱があり、国は乱れていました。 貨幣の発行も、経済的な意図よりも政治的な意図の方を多く感じます。 |
【第二尚氏】 ┌①尚円(1472-76)─③尚真(1477-1527)─④尚清(1527-56)─・・・[明治までつづく] └②尚宣威(1477) |
金円世宝 4.0g 25.60mm 尚円の発行した貨幣です。 この王とその子の尚真のころ、琉球は最も繁栄した時代でした。 だだし、貨幣の発行量は少なくなりました。 明銭をそのまま使っていたのでしょう。 |
封印銭 時代不明 1.0g 20.3mm / 1.0g 17.6mm 1561年、この地を訪れた明の冊封使郭汝霖は、「貨幣は薄くて小さく、文字はなく、10枚で1文に換える」と報告しています。 また別の説では、このコインは「当間銭」と呼ばれるもので、1634年の江戸幕府の私鋳銭禁止令により、薩摩に大量にあった銭を琉球に持ち込んで改鋳したものであるとしています。 数百枚束ねて使用していたらしいです。 右の図は、「東洋古銭価格図譜」(万国貨幣洋行)を利用しました。 |
中山通宝 時代不明 約18mm 尚氏王朝の前の中山国が発行したものと言われています。 現存十数枚だそうです。 |