草原を駆け抜けた民族

  中央アジアの草原といえば、ボロディンの音色が聞こえてきそうな風景が目に浮かびます。
  古代から中世にかけて、この地方では幾多の民族が、草原を駆け抜けました。
  ある民族はより豊かな地を求めて、ある民族は他の民族から追い立てられて、・・・民族の移動には多くの汗と涙と血を伴ったことでしょう。
  (地図は、吉川弘文館の「世界史地図」を利用しました)

● エフタル
 エフタルは、4世紀頃から中央アジアで活躍していた遊牧民です。
 ソグド地方を中心に他民族を支配していましたが、6世紀に突厥とササン朝ペルシャに挟撃されて勢力をなくしました。
エフタルの銅貨(5~6世紀)
表は、王の肖像です。エフタル特有の顔つきです。
3.2g 24.4mm
エフタルの銀貨(5~6世紀)
裏面は、ササン朝ペルシャの拝火教の神壇です。
銀貨とはいっても銅が多いせいで緑青をふいています。
3.6g 25.8mm


● ソグド、トルギス
 ソグド人は、独自では大きな国をつくらず、他の民族の国家に政治的には属しながらも、経済的にはシルクロードの商人として活躍していました。 7世紀の玄奘の『大唐西域記』では、 ”力田(農民)と逐利(商人)が半ばしている” と記されています。 商人が人口の半分もあったとは、注目すべきことです。
 ソグド人は、中国にも集団で村を作って住み、出身地ごとに異なった姓を名乗っていました。 石(タシュケント)、安(ブハラ)、何(クシャーニヤ)、曹(カブーダン)、康(サマルカンド)、米(マーイムルグ)、史(キッシュ)などが知られています。
 しかし、8世紀にソグド人の安禄山が唐王朝に対して反乱を起こし、乱後、中国のソグド人は抹殺されてしまいました。
ソグドの銅貨(7~8世紀)
表はソグド人の王様か? 裏は「タムガ」
2.0g 18~21mm
ソグドの銅貨(7~8世紀)
表はユキヒョウ 裏は「タムガ」
2.1g 19~21mm


 突厥(とっけつ)は、6世紀にモンゴル高原を支配していた民族です。 しばしば唐と争っていましたが、7世紀には勢力をなくし、その一部が西方に逃れて「トルギス(突騎施)」を建国しました。
 この国では、ソグド人の残したソグド文字を使って唐風のコインを発行しました。
トルギスの銅貨(8世紀)
表にはソグド文字で「聖なる突騎施可汗の貨幣」と書かれています
トルギスの最後の王スールクが発行したものです。 スールクは唐と戦って敗れました。
4.7g 24.8mm
■このコインについてもっと詳しくは ⇒ 「聖なる突騎施可汗の貨幣」


● イスラム
 622年、アラビア半島でムハンマドが布教を始めました。 当時、ビザンチン帝国とササン朝ペルシャが、肥沃なシリアの地を巡って争っていました。 ムハンマドとその後継者たちが漁夫の利を得るのはうってつけの情勢でした。
 彼らは、636年にヤルムークでビザンチンを破り、637年にカーディシャーでササン朝ペルシャを破るなどし、10年もたたないうちに西アジアの大帝国となりました。  大帝国となったイスラムですが、当初は敵国のビザンチン帝国とササン朝ペルシャの貨幣をそのまま使い、その後それらを模倣した貨幣を発行しました。
イスラムのディルハム劣位銀貨(8世紀)
表は、王の肖像です。向かって右にソグド文字が見えます。
裏は、拝火教の火壇とその両側に祭祀者が立っています。
ソグド地方を治めていたアッバス朝の知事が発行したものです。
ササン朝ペルシャのデザインを踏襲しています。
2.6g 24.7mm
イスラムのディルハム銀貨(9世紀)
695年、ウマイヤ朝第5代のカリフ、アブド・アリマリクは、ダマスクスで新しい形式のコインを発行しはじめました。
表裏には「コーラン」の言葉を刻だものです。この形式はその後もイスラムコインの標準となりました。
2.8g 22.0mm
■このコインについてもっと詳しくは ⇒ 「イスラームのディルハム銀貨」


● ガズニ、カラハン
 ガズニ朝もカラハン朝も、日本人にはあまりなじみのない王朝です。
 ガズニ朝は、トルコ系の遊牧民族が10世紀中頃にアフガニスタンに建国した国家です。
 カラハン朝も、同じ頃にトルコ系の遊牧民がトルキスタンに建国した国家です。 一時はサマルカンドを都としていました。 現在でもこの王朝の建造物がたくさん残されています。
ガズニ朝の銀貨(11世紀)
表はアラビア文字、裏はサンスクリット文字の
バイリンガルコインです。
3.7g 18.6mm
カラハン朝の銅貨(11世紀)
ガズニの北方にあった王朝です。
6.0g 24-25mm


● コラズム
 コラズム(ホラズム)帝国は、1077年にセルジュークトルコの奴隷出身のアヌシュ・デキンが自立して建国した国です。 漢字では「花刺子模」と書きます、風情のある書き方です。

コラズムの銀貨(13世紀)
コラズム第7代の王、アラーウッデン・ムハマッドのコインです。
この王は、コラズムの最大の繁栄期をつくりましたが、モンゴルに攻められ逃亡先のカスピ海の孤島で病没しました。
7.5g 25.5mm


● モンゴル
 チンギスカンが蒙古高原を統一して即位したのは1206年のことです。
 その後、チンギスカンとその子たちは、西遼(1218年)、ホラズム(1220年)、西夏(1227年)、金(1234年)、モスクワ(1237年)、キエフ(1240年)、イスラームのアッバス朝(1258年)、高麗(1259年)、南宋(1279年)などを次々制服しました。
 彼らは宗主国の元の他に、4つの汗国(オゴタイ汗国、チャガタイ汗国、キプチャク汗国、イル汗国)を創始し、イスラム風のコインを発行しました。
    
モンゴル初期の銀貨(13世紀)
表のデザインは、アケメネス朝ペルシャの銀貨のデザインに似ています。
2.8g 14-15mm
オゴタイ汗国の銅貨(13世紀)
オゴタイ汗国の貴族、ムママド・アル・フセィニが、1220/21年にエミールで発行しました。
円と正方形のデザインが決まっています。
4.2g 32.0mm
チャガタイ汗国の銀貨(13世紀)
チャガタイ汗国の銀貨です。
1.4g 17.0mm
イル汗国の銀貨(13世紀)
イル汗国の銀貨です。
イル汗国の第4代の汗、アルグンが、1286年に発行したものです。
表には横書きのアラビア文字が、裏には縦書きのモンゴル文字が書かれています。
2.2g 21.0mm
キプチャク汗国の銀貨(14世紀)
イブン・バットゥータが来た頃のコインです。
1.4g 16.0mm


● チムール
 モンゴル貴族出身のチムールが1370年に建国しました。 漢字では「帖木兒」と書きます。
 チムールは明への遠征を企て、永楽帝との一大決戦があるかと思われましたが、その途上に病没しました。
 首都サマルカンドを中心に天文学などの文化が発達し、この後のムガール帝国とともに壮麗な建築物で有名な国です。
チムール帝国の銀貨(14~15世紀)
5.1g 23.4mm





2003.5.5   2004.5.9update  2016.9.25update  2022.8.28update